まぼろし

イクサガミの二次創作をしています

文月 #お知らせ

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7月も引き続き義兄弟強化月間です。

まつむら的やることリスト
・ストーリーまとめページを作る
・キャラまとめページを作る(全員分の設定画をつける)
・本編(漆〜捌の章)を校正する
・サイトに番外編へのリンクを追加する
・1080の第2章を校了する
・一貫編「影送り」を始める

イラストはタチアオイと四蔵兄です(ふみちゃん作)。
風五郎による「四蔵兄の可愛い写真コレクション」の1枚かと思います。
始まりに帰る #お知らせ

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「神は7日で世界を作った!」
というのは、昔の上司が無茶ぶりを通す方便(「7日あれば何でも出来る」の意)だったなと、たまに懐かしく思い返すのですが、ともあれ7日あれば大体の作業は何とかなるものらしいです。
というわけで。
先週の日曜から(七転八倒しながら)取り組んでいた設定集がようやく形になってきたので、今日から1つずつ上げたいと思います。
1日めは表紙。明日はあらすじを上げますね。
6月の振り返りとか後書きとか #お知らせ

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イラストはふみちゃんに描いてもらいました。「化野四蔵の懊悩」のラスト、四蔵と風五郎があけびを食べている一コマです。
風五郎はあけびを手にしたままとんぼを指に留めようとして「それではあけびにとんぼが留まるぞ」と四蔵に真顔で突っ込まれています。


義兄弟強化月間です。
というわけで「烏丸七弥の憂鬱」「化野四蔵の懊悩」を無事校了しました。が「まつむら的やることリスト」の半分は未消化。「まとめページを作る」系は手つかずです。
これも新しい話を書くのが楽し過ぎた(そして思いのほか長くなった)がゆえ。一片の悔いもありません。
というわけで(?)来月も強化月間は続きます。次の繁忙期(やだなあ!)まで続くんじゃないかな。


「憂鬱」「懊悩」の校了に合わせ、後書きめいたものを少し。
振り返れば「憂鬱」は「一夜花」のラストがあまりに暗く、自分自身へこんでしまい、少し明るい話を、と書き始めたものでした。
でも2話目の途中で「これは後日談も楽しい」と思いつき、書き終えるや否や「懊悩」を書き始めた。そして、これがまずかった。
最初はタイトル通り「己の失態を知って悩み悶える四蔵の話」のつもりだったのに、気づけば七弥と甚六ほか、兄弟全員がパニックに陥っていた。
それでも何とか丸く収まった。と思いきや。
「俺では駄目らしい。少なくとも今は未だ(愁二郎)」
「俺だったら、どうだったんだろうな(甚六)」
「あの夜、何があった(四蔵)」
・・・とまあ、そこら中に地雷が埋まっている(笑)。
一番の地雷は、たぶん一兄絡みでしょうね。あの夜、何があったのか。彼は四蔵を、四蔵と風五郎の関係を、他の兄弟達をどう思っているのか。
私にもよく分かりません。これはもう掘るしかない。


というわけで。
来月は本編に戻り、一貫編「影送り(仮題)」を始める予定です。影送り。小学校の国語の教科書を思い出しますね。今も載っているのかな。
しかし一貫編に入る前に設定をまとめねば。後は1080と、サイトの改装も、と言い出すとキリがないですね。
イクサガミに堕ちて8月で1年になるんですが、日に日に燃え上がるこのパッションは一体。灰になってしまえよ(元ネタはゲス極です)。

ゲス極は「猟奇的なキスを私にして」が好きです。
ー「私やっぱ一人で生きてくわ」って冗談だろ?
って、懊悩編の四蔵に言ってやりたい。
化野四蔵の懊悩(終) #小説

「金輪際、酒は飲むまい」
酒の席での失態を知り、ひたすら懊悩する四蔵の話です。
全4話完結。



ー四蔵兄に、風兄を避けるなと言って欲しいんだ。
 そう七弥に言われた日の、夕方のことだった。自分と四蔵は火の番に当たり、風呂を沸かしていた。
 裏手に薪を運ぶと、四蔵は釜の前にしゃがみ、その中を覗いていた。足音に気づき、僅かに顔を上げて頷く。薪は足りている、という意味らしい。
 膝に被せられた手にふと目が止まる。火傷の跡がまだ赤い。
ー四蔵が大根を油に放り込んだ。
 そう三助が顔を顰めていたのを思い出す。らしくない、のはこの件だけではない。
「包帯、巻いてやろうか」
「大したことはない」
 手を指しながら言うと、弟は首を振り、それとなく袖の中に隠した。だが、傷はそれだけではない。改めて全身を見やる。額や頬、裾から出た足にも、切り傷や掠り傷が見て取れる。
 兄弟の中で一番怪我が多いのが甚六、少ないのが四蔵だった。この弟は常に冷静で慎重だからだ、と思っていた。だが、違ったのだ。
ーあいつがいるからだ。
 常に風五郎が傍にいて、傷の手当をしていた。いや傷をつけぬよう、先回りして動いていた。それがなくなってしまえば、この有り様だ。
ー四蔵兄に、風兄を避けるなと言って欲しいんだ。
 七弥の台詞が頭を過ぎる。あいつは正しい。
ーやはり、俺では駄目らしい。少なくとも、今は未だ。
 一つ息を吐き、何気ない口調を装って問う。
「どうして、風五郎を避けるんだ」
 四蔵が下唇を噛み、目を伏せる。青みを帯びた目に炎の赤が滲み、淡い紫に変わる。陽の沈む空のようだ。
「俺はあいつに甘えてばかりで」
「だから、自立しようと」
 薪の爆ぜる音の合間に、弟はそう言った。張り詰めた声に、表情に、なぜだか頬が緩んだ。
ーたった七日だぞ。
 たった七日離れていることが、そんなに大事(おおごと)なのか。大事なのだろう。四蔵にとっては。四蔵だけではない。
「それはあっちも同じだぞ」
「同じとは」
「あいつだってお前に甘えている」
 四蔵が大きく目を見開く。だがすぐ顔を顰め「何を言っているんだ」と問う。黙っておけばよかった、とつい思うが、今さらだ。
 弟の顔を見つめ、続ける。
「お前に避けられて、目に見えて沈んでいる」
 そこは気づいていたらしい。四蔵が口を噤む。だが首を振り「それでも、俺は」と食い下がる。続きはきっとこうだ。
ーそれでも俺は兄だ。俺が甘えるわけにはいかない。
 それくらいは自分にも判る。だから。
「弟を悲しませないのは、兄の大事な役目だと思うぞ」
 言って肩を叩くと、四蔵は俯き、じっと炎を見つめた。その瞳は心なしか、僅かに湿って見えた。


 宴の日から九日が過ぎた、昼下がりのことだった。
 修行を終え、庭で野良仕事をしていると、不意に背を突かれた。振り向くと、彩八だった。妹は爪先で立ち腕を引く。身を屈めてやると、耳に口を寄せて、
「良かったね」
 そう囁いた。彩八が笑みを浮かべ、庭の隅に目をやる。つられて見れば、四蔵と風五郎が切り株に並んで座り、あけびを齧っていた。
 山菜採りの帰りだろう。足元の籠に栗や茸が覗いている。けっこうな収穫だが、それはさておき。
「まあな」
 答えながら、今朝のことを思い出す。
 目覚めると、隣の布団が空だった。自分の隣は四蔵である。どこだ、と辺りを見回し、すぐに見つけた。四蔵は風五郎の布団の中で、抱えられて眠っていた。
 よくある光景だった。宴の前までは。つまり元通りになった、というわけだ。だが。
ーなんか、違うんだよな。
 風五郎には抱き癖がある。だから小柄な四蔵を枕と取り違え、抱き込んでしまう。ずっとそう思っていた。だが今朝は、違うように見えた。二人の寝顔があまりに穏やかだったからか。
 まあ、これもさておき。
 二人から視線を外し、家の方に向ける。
ーやはりな。
 予想はしていたが、つい眉を顰めた。
 甚六が軒先で一人、柿を吊るしている。手では柿を掴んでいるが、目は明らかに別の場所、土間に覗く七弥の姿を追っている。
 やはり七弥は知らん顔、のように見える。だが甚六が目を離した隙に、七弥もそれとなく甚六を見ている。傍で見ているから気づくことだ。甚六はまず気づくまい。
 七弥の目に険はない。四蔵と風五郎が元の鞘に収まり、怒りが引いたようだ。そしてやり過ぎたという負い目が出てきたのか、甚六を見る目は、ばつが悪そうだ。
ー本気で、面倒くせえなあ。
 甚六が詫びれば全て片がつく。だが当人はすっかり気後れし、近づくことも難しそうだ。
「しょうがねえか」
 一人ごち、腰を上げる。「え?」と首を傾げる彩八を置いて、大股で甚六に近づき「おい」と声を掛けた。七弥に感けて上の空だったのだろう、甚六は大げさに身を震わせ、
「なんだよ、三助兄」
 上ずった声で問う。何とも判りやすい。こいつに回りくどい言い方は通じない。よって言うべきは。
「七弥に詫びてこい」
「でも、あいつまだすげえ怒ってるし」
「逃げんな」
 間を置かず畳み掛けると、甚六は唇を噛んで俯いた。それでも「俺、嫌われたから」と消え入りそうな声で言う。つい溜め息が漏れた。こいつは怖いもの知らずに見えて、肝心なときに怖じ気づくー。
 いや、相手によるのか。七弥は四蔵に弱いようだが、この弟は七弥に弱いらしい。
「さっさと行け。いつもあいつに頼り切りだろ。こういうときくらいしっかりしろ」
 言って背を叩く。思いのほか勢いがついてしまい、弟がつんのめった。さらに「いって!」と声を上げたが、それで力が抜けたらしい。口角を上げて頷くと、七弥に向かって駆けていった。
 その背を見送っていると、不意に後ろから声がした。
「優しいな」
 声で判る。一兄だ。
 振り返ると、やはり兄が立っていた。だが何だ。このえらく嬉しげな顔は。
 目が合うと、兄はまして目尻を下げ、
「お前は優しいな。三助」
「そんなんじゃねえし」
 正面きって褒められるのは苦手だ。目を逸らし、明後日の方を見る。次に何を言われるか、と肝を冷やしていると、不意に声がした。
「一兄、これはどこにやればいいんだ」
 風五郎だった。山菜をどこに置くか、という意味らしい。
 一兄は此方の肩に手を置き、ぽんぽんと二度叩いた。そして「沢山採れたな」と弟達を労いながら、二人に向かって歩いていった。


ーやはり、落ち着く。
 あけびを齧りながら、つくづくと思う。
 風五郎の傍は落ち着く。肩が落ち、頬が緩む。判っていても止められない。兄としてどうか、とは未だに思う。だがー。
 隣の弟を盗み見る。昨日までとは明らかに違う。いかにも嬉しげな横顔に、これで良いのだ、と思うことにする。
 弟はあけびを腹に収めると、腰を上げ「一兄」と長兄を呼んだ。兄は三助兄と何やら話していたが、切り上げて近づいてきた。何故だろう。満面の笑みを浮かべ、ひどく嬉しげだ。理由は判らないが、機嫌が良いに越したことはない。
「これは今日の夕飯に。これは庭の小屋の方に」
 籠を覗き込み、兄が指示を出す。「判った」と答えると、兄は顔を上げ、にわかに目を眇めた。
「それはどうした」
 此方の首元を指して兄が問う。それで「ああ」と合点した。
「虫に食われたらしい」
 朝、顔を洗っていて気づいた。首筋に二つ、小さな赤い痣がある。虫刺されにしては痒くないが、他に心当たりもない。
「そうか」
 言いながら、兄は手を差し伸べた。長い指が痣を撫でる。ひんやりとした感触に、頭の片隅で弾けるものがあった。
ー甘い匂い。火照った身体。小屋の天井。
ー肌を滑る、冷えた感触。
 そういえば、宴の翌朝。自分は庭の小屋で寝ていた。どうやって宴を抜けて小屋に来たのかは覚えていない。だが夜の間中、これによく似た冷たいものが、額や首筋を這っていたようなー。
ーあの夜、何があった。
 口を押さえて俯いた。さもすると叫び出してしまいそうだった。
「四蔵兄、どうした」
 風五郎の声がする。だが遠い。全身ががたがたと震え、足から力が抜ける。その場にへたり込みながら、誓った。
ー金輪際、酒は飲むまい。


 三助兄に背中を押され、甚六が七弥に近づいていった。大丈夫かな、と思ったけれど、杞憂だった。
 七弥が振り向くなり、甚六は頭を下げた。七弥は四蔵兄みたいな顰め面をしていた。けれど顔を真っ赤にして、息も継がずに謝る甚六を前に、やがて根負けしたように笑みを零した。
 良かった、と思った。これで元通りだ。四蔵兄と風兄も、甚六と七弥も。
ーでも、本当に、そうなのかな。
 改めて、遠くの兄達を順に見た。やはり今までとは何か違う気がする。何が違うのかは判らない。けれど、判ることもある。
ー四蔵兄は風兄がいなくちゃだめ。風兄もそう。
ー愁兄は四蔵兄を見るとき、少しさびしそうな顔をする。
ー甚六は七弥を気にしている。でも七弥は気づいてない。
ー三助兄はやさしい。一兄は、よく判らない。
 きちんと見ておかなくちゃ、覚えておかなくちゃ、と思う。もしまた何か起きたら、今度こそ私達がちゃんとしなくちゃならない。
 ね?そうだよね、三助兄。

(化野四蔵の懊悩・おしまい)
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化野四蔵の懊悩(3) #小説

「風五郎に触れたい」
酒の席での失態を知り、ひたすら懊悩する四蔵の話です。
全4話予定(伸びました)。



ー参った。

 朝飯の刻(とき)。居間に集った兄弟の顔を見、そう内心でごちた。
 きっかけは七日前の宴である。甚六が酒を持ち帰り、男七人で宴としゃれ込んだ。
 甘い酒だった。その他の記憶は怪しい。四蔵が風五郎の膝枕で寝入り、愁兄と風五郎が睨み合い、一兄が妙なことを言い出し、七弥が転び、彩八が泣き喚きー。
 とにかく「終わり良ければ」とはならなかった。というのは、現状から推して知るべしである。
 兄弟の様子がおかしい。まずは四蔵だ。
 どうも四蔵は膝枕に加え、相当に恥ずかしいことを口走ったらしい。幸い本人は忘れていた。だが傍で聞いていた甚六が、それを教えてしまった。
 かくして四蔵は己の失態を知り、羞恥に悶えた挙げ句、兄弟、特に風五郎を避けるようになった。
 だが、それが落ち着かないのか。刀は失くすわ、天ぷら油に大根を入れるわ。寝付きも悪いのか、隈もひどい。
ーてめえの失態なんざ、誰も気にしてねえよ。
 そう言ってやろうと思ったが、四蔵のことだ。「やはり覚えているのか」と余計に落ち込みかねない。どうしたものか。
 次に風五郎だ。
 四蔵に避けられるようになり、明らかに気落ちしている。日ごとに目が濁り、今朝など死んだ魚そのものだ。この弟はやたらと四蔵の世話を焼きたがると思っていたが、焼かずにはおれない、ということか。
 次に七弥だ。七弥もまた避けている。甚六だけを。名を呼ばれても振り向きもしない。顔も見たくない、声も聞きたくない、と言いたげだ。
 どうも甚六が四蔵に事実を告げた件で、未だ腹立ちが収まらぬらしい。
 にしても驚いた。五日前の暴れぶりを思い出す。あんな七弥は初めて見た。風五郎ほどではないが、この弟も四蔵に甘い。
 そして甚六だ。此方も目が死んでいる。四蔵への負い目に加え、七弥との不和が堪えているようだ。自業自得だが、萎れた背を見るにつけ、少し気の毒にも思う。
 四人がこんな具合なので、残り四人も落ち着かない。一兄は普段通りだが、心持ち表情が渋い。愁兄は目が泳ぎ、居心地が悪そうだ。
 そして。
「三助兄」
 飯を食い終え、膳を持って土間に向かおうとしたところで、くいと袖を引かれた。彩八である。
 来るとは思っていた。飯の間も何か言いたげな目で此方を見ていた。気づいていて、目を逸らした。その「言いたい何か」は極めて厄介な代物だと勘づいたからだ。
 案の定、妹は爪先立ちになり、耳に口を寄せて囁いた。
「やっぱり、私達が何とかしなくちゃ」
 拗れた四人を元に戻さねば、という意味だろう。だが。
「何とかってどうするんだよ」
「だから、それを考えてよ」
 当然でしょ、と言わんばかりに胸を張る。そんな妹を見下ろし、溜め息が漏れた。
 面倒なことなった。だが、放っておけばさらに面倒になることは目に見えている。

ー参った。
 本当に、どうしたものか。


 何と言うか、もう無理だ。
 朝飯の席。一汁一菜の載った膳を前に、内心で溜め息を吐いた。まるで食欲がない。椀どころか箸すら重い。さらに言えば瞼も。
 昨晩は殆ど眠れなかった。寝所で布団に入り、一度は寝入った。だがいやな夢を見たらしく、夜半に跳ね起き、横になっても寝つけなかった。
 やたらと気が立ち、落ち着かない。
ー風五郎に寄りたい。
 そう思った。弟には抱き癖がある。寄れば自ずと懐に招き入れてくれる。そこは居心地がよく、何より安心できる。だが。
ー自分は弟に甘え過ぎだ。自立する。
 そう決めた手前、そんな真似は出来ない。弟に背を向けて横たわり、きつく目を閉じた。案の定、一睡もできずに夜が明けた。
 よってひどく眠い。さもすると舟を漕ぎそうになりながら、切実に思う。
ー風五郎に触れたい。
 思わず頭を振った。何を考えているのか。
 ふと視線を感じた。斜め右、愁兄が自分を見ている。
「四蔵、隈がひどいぞ」
 それはそうだろう。だが認めたくはなかった。
「気のせいだろう」
 椀を取り、味噌汁を口に含む。大分冷めている。あの懐の方がよほど、と思いかけ、また首を振った。


 何というか、もう無理だ。
 朝飯の席。一汁一菜の載った膳を前に、内心で溜め息を吐いた。眠い。只管に眠い。
 昨晩は殆ど眠れなかった。やけに寒い夜だった。だがそう感じたのは自分だけのようで、風邪の引き始めかもしれない。
 ともあれ、布団に包まっても寒く、寝つけなかった。隣を見やると、やはり七弥は背を向けて寝ていた。溜め息が漏れた。
 寒ければ、七弥に巻きついて暖を取るのが常だった。すると弟は「またか」「重い」と文句は垂れるが、追い払われたことはない。
 だが今は無理だ。髪一本にも触れられない。そうして一人、震えるうちに夜が明けた。
「甚六、隈がひどくない?」
 斜め左から声がした。彩八である。
「まあ、色々と」
 生返事をしながら、脇の七弥を盗み見る。何食わぬ顔で魚の身をほぐしている。
ー今日も無視か。
 奥歯を噛む。こういうだんまりが一番きつい。いっそ気の済むまで殴るなり罵るなりして欲しいが、七弥は敢えてそうしない。生殺しだと恨めしさが募るが、裏を返せば七弥はそれほどまでに怒っている、ということだ。
 確かに自分は愚かだった。三助兄が「本気で馬鹿」と言うとおり。当人に問い質されたとはいえ、余計なことを言い、兄を傷つけた。
 だが、改めて考えてみれば。
ーなんでお前が、そんなに怒るんだ。
 兄弟を傷つける奴は兄弟でも許さない、ということか。尤もだが、度が過ぎやしないか。七弥は怒り狂い、挙げ句に泣きじゃくった。あんな弟は初めて見た。
ー四蔵兄じゃなく、俺だったら、どうだったんだろうな。
 ついそんなことを考え、首を振った。


 全く、どうしたものか。
 飯を終え、土間で茶碗を洗いながら、内心で溜め息を吐いた。
ー四蔵兄に、言ってくれないか。
 さもすると、七弥の台詞が頭を過ぎる。
 今朝、外で顔を洗っていた折のことだ。七弥がやってきた。何やら思い詰めた顔をしている。近ごろはずっとそうだ。口数が減り、表情も険しい。甚六の前では特に。つんとしていて、取り付く島がない。
 七弥は「おはよう」と言い、隣にしゃがんで顔を洗った。そして手拭いに顔を埋めながら、呟くように言った。
「言って欲しいんだ」
「は?」
 上手く聞き取れずに声を上げた。七弥は顔を上げ、此方の目をじっと見て、
「四蔵兄に、風兄を避けるなと言って欲しいんだ」
 改めて言った。七弥が言うのは意外だったが、確かにそうだ。
 この数日、四蔵は調子を崩している。理由は明らかで、風五郎を避けているからだ。
 ならば四蔵を風五郎の傍に戻せばよい。だが仮に自分が「戻れ」と言ったとて、おいそれと戻るとは思えなかった。四蔵が自らの言行を恥じ、二度と繰り返すまい、と努めてやっていることだ。そこは汲んでやらねばならない。
 加えて、本音を言ってしまえば。
ー戻って欲しくない。
 日頃から感じていたが、あの二人は近い。四蔵は風五郎を頼りにしている。いっそ甘えている。しかも風五郎がそれを強く求め、仕向けている感がある。
 あの二人は危うい。「少し離れろ」と言いかけて止したのも一度二度ではない。ならば、現状の方が好ましいのではないか。
 そこまで考えて、いやと思い直した。これは理屈だ。自分の本心ではない。
ー俺は、甘えて欲しいのだ。
ー風五郎にではなく、俺に。
 下唇を噛んだ。浅ましく、それ以上に悔しかった。知っているからだ。四蔵は甘えない。俺にも他の兄弟にも。あいつが甘えるのは、風五郎だけだ。
 七弥も薄々気づいているのだろう。だから「戻るように言って欲しい」と言っている。それが悔しく、切なかった。
 拗ねた心が、つい口を突いて出た。
「四蔵は頑固だからな。俺が言っても聞く耳を持つか」
 言ってすぐ、しまったと思った。七弥の顔がくしゃりと歪む。奥歯を噛んだ。何をしている。自分は兄だ。弟達を守るのは、兄の大事な努めだ。
 首を振り、七弥の肩を掴む。涙の滲む瞳を見つめ、そっと語りかけた。
「判った。言ってみる」
 努めて笑みを浮かべると、瞳から一筋、涙が零れ落ちた。七弥が顔を伏せ、拳で目元を拭う。そして再び顔を上げると、
「ごめんな、愁兄」
 と泣き笑いのような顔で言った。
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化野四蔵の懊悩(2) #小説

「この、馬鹿!」
酒の席での失態を知り、ひたすら懊悩する四蔵の話です。
全3話予定。




 或る秋の日の、夕暮れのことである。

「って!」
 家の裏手の切り株に座り、柿を齧ろうと口を開け、呻いた。
 右の頬が痛い。そっと手をやると、見事に腫れ上がっている。殴られたのは一昨日だが、未だ引いていない。
 七弥の拳は重かった。手加減は一切なく、身体の芯にめり込んだ。今も頬、いや顔の右半分が腫れ、食えど喋れど痛い。
「くそ」
 悪態を吐くが、判っている。全て自業自得だ。

 二日前のことを思い出す。
 自分は一人、山道を歩いていた。彩八に蜂蜜を奪われ、だが諦め切れず、山中で蜂の巣を捜そうと思い立ったのだ。
 やがて一本の巨木に目が留まった。蜜の取れる巣はこういう木の洞にある。茂みを掻き分けて近づき、木の周りをうろついていた、そのときだった。
 背後で茂みが鳴った。熊か、と構えたが、振り返り、拍子抜けした。
「何だ、四蔵兄か」
 気安く声を掛け、そこで気づいた。兄の様子が変だ。息は荒く、顔も真っ赤だ。
 だが「どうした」と問うより早く、兄は自分に歩み寄り、がっと肩を掴んだ。逃さない、と言わんばかりに。
 ひたと自分を見据え、兄は問うた。
「俺は何をした」
 訳が判らず、問い返した。
「いつのことだよ」
「先日の宴の夜だ。俺は何をした」
 訳は判った。だがこれは、極めてまずい。知らぬ方が幸いなこともある。これがまさにそれだ。
 「よく覚えてねえな」とはぐらかそうとした。だが眼前の兄の様子に、開きかけた口を閉じた。
 頬を朱に染め、瞳を潤ませ、縋るように肩を掴む。こんなにいたいけな生き物を無下に扱ってよいものか。答えは否である。
「酔っ払って、風兄の膝で寝ていた」
 これで勘弁してくれ。胸中でそう願ったが、兄は許さなかった。
「それだけか」
「それ、だけだ」
 目が泳ぐ。
「甚六!」
 兄が襟を締め上げる。声も手つきも激しい。だがその顔は今にも崩れ、泣き出しそうに見えた。泣かれては困る。
「風兄は「布団で寝ろ」って言った。だけど四蔵兄は「お前がいい」って、風兄の膝から離れなくて」
 支えながら話した。話が進むにつれ、四蔵兄の顔から色が失せていった。
 話し終えると、兄は襟を放し、二歩三歩と後ずさった。かと思えば踵を返し、脱兎の如く駆け出した。愁兄より速い。だが放ってはおけない。
「四蔵兄!」
 名を呼び、後を追うが、すぐ見失った。やがて辺りが暗くなり始め、やむを得ず家に戻った。
 やはりというか、家の周りにも兄の姿はなかった。どころか夕飯の刻になり、居間に皆が集っても、兄は現れなかった。
 一兄や愁兄が「珍しいな」と首を傾げ、風兄や七弥は不安げに視線を巡らしている。そんな皆を横目に、俯き、拳を握り締めた。
ーこれは、俺のせいだ。
 皆に打ち明けるか。駄目だ。兄達に叱られる。いや、打ち明けて皆で四蔵兄を捜すべきでは。
 悶々と考えていると、すぐ横で声がした。
「甚六」
 七弥の声だ。振り仰ぎ、ぎょっとした。弟は鼻がつくほど顔を寄せ、此方の顔を覗き込んでいた。
「お前、四蔵兄に何かしたのか」
 次いで据わった目で「したのだろ」と迫る。はぐらかせない。
「した、というか」
 皆の視線を感じた。背を丸めて俯き、それでも話した。四蔵兄に問い質され、宴での兄の様子を教えてしまった、と。
 兄弟は固まり、黙っていた。察したのだろう、彩八も然り。だが。
「この、馬鹿!」
 怒号が轟いた。一兄でも三助兄でもない。七弥である。次いで頬に衝撃。殴られた、と気づいたのは、もんどりうって床に倒れた後だった。
 七弥は止まらない。此方の襟を掴み、また拳を振り上げる。
「だめ!」
 彩八が声を上げ、その腕にしがみつく。それで我に返ったように兄達が腰を上げた。愁兄と風兄が七弥を抑え込む。だが七弥は「離せ!」と喚き、暴れ続けた。その目からぼろぼろと、大粒の涙を零しながら。
 聡明で利口な末の弟。そんな七弥のこんな姿は見たことがない。皆が息を呑み、身動きもできずにいる中、一人、動いた者がいた。
 ごん、と硬い音。次いで頭に鈍痛。
「って!」
 声を上げて振り仰ぐと、三助兄が立っていた。胸の前で固められた拳に、これを落とされたと気づく。
「本気で馬鹿だろ。お前」
 兄は吐き捨て、再び拳を落とす。甘んじて受けた。兄の言うとおりだ。
 やがて七弥は抗うのを止めた。重苦しい沈黙の中で一人、しゃくり上げ、泣き続けた。
 それから半刻ほど経って、四蔵兄は帰ってきた。誰とも目を合わさず、足早に席につき、飯を掻き込んで席を立った。

 それから一日余りが過ぎた。四蔵兄は、意外にも平気そうだ。少なくとも朝飯はきちんと食い、修行にも励んでいる。気まずそうではあるが、兄弟を避ける様子もない。
 問題は七弥だ。昨晩からこの方、ずっと自分を避けている。口を利かず、目も合わさず、まるで無い者扱いだ。
ーあいつ、意外に根に持つよな。
 内心でぼやく。反面、怒るのも尤もだと思う。今になって判る。口が裂けても言うべきではなかったと。
 生真面目な兄のことだ。人の十倍は気に病み、挙げ句に何をしでかすか。不安が込み上げ、息が詰まる。
 それに。
ーあいつでも、あんなふうに泣くんだな。
 七弥の涙が頭を過ぎる。あの後、七弥は愁兄に抱えられ、しばし泣き続けた。小刻みに震える肩が、弱々しい嗚咽が、未だ生々しく、胸を締めつける。
 と。
「何してんだ!」
 不意の大声に我に返った。三助兄の声だ。出所は土間か。
 小走りで向かい、戸口に顔を突き入れる。すぐ傍に四蔵兄が立っていた。その顔は蒼い。
「どうした」
 と問うた。声で初めて気づいたように、兄は自分に向き直り、首を横に振った。
「火傷だ。大したことはない」
 兄が手を掲げる。そうは言っても、手の甲は真っ赤だ。早く冷やさなくては。桶の水は少ない。だが兄はろくに気に留めず、手を入れようとする。
「甚六、そいつを連れていけ」
 手が離せないのだろう。煮えた鍋の前で三助兄が言う。頷き、四蔵兄の手首を掴んだ。そして家の裏手の水がめに向かい、全力で駆けた。


 何を、やっているんだろう。
 薬の臭いを嗅ぎながら、溜め息が漏れた。とんだ失態をした。先程の土間での件だ。
 自分は味噌汁の係だった。鍋に湯を沸かし、大根を切って入れたつもりが、横にあった天ぷらの鍋に入れていたらしい。
 盛大に油が跳ねた。三助兄が直ぐ鍋を退けて事なきを得たが、そうでなければ大事になっていた。
 これだけではない。昨日からずっと上の空だ。やたらと壁や柱に当たり、刀を置き忘れ。さもすると甚六の話が蘇り、他が疎かになるせいだ。
 正直、兄弟と顔を合わせるのがつらい。特に風五郎とは。目が合うと逃げ出したくなる。
ーあんな失態は、二度と犯すまい。
 奥歯を噛み締め、誓う。
 まず酒は断つ。だがそれだけでは足りまい。一番の原因は酒ではない。自分の弱さにある。
ー俺は、弟に甘え過ぎている。
 横にいたのが三助兄だったら、あんな真似はしなかった。一兄でも愁兄でもそうだ。風五郎だったから。日頃から気を許し、甘えている弟だったから。酒が過ぎ、甘えも過ぎた。
ーこのままでは、まずい。
 そう思い、昨日からそれとなく隔たりを置いている。だが正直、既にしんどい。
 まず、足がだるい。これは常日頃、高い所のものは弟が先んじて取っていたからだ。爪先立ちで手を伸ばし、それでも届かず台を持ち出すたび、何とも情けない心地になる。
 加えて、とにかく落ち着かない。何をしていても、何か大事なことを忘れている気がする。目は勝手に弟の姿を探し、何をしている、と首を振る。その繰り返しだ。
ー情けない。
 こんな体たらくで何が兄だ。自立せねば。
 薬を塗り込めた手を膝に置く。包帯を巻こうとして、止めた。これしきの傷に包帯など大げさだ。
 だが、きっと、あいつなら。
 「痛くないか」と言って、包帯を巻くのだろうな。
 ついそんなことを考えてしまい、また溜め息が漏れた。
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化野四蔵の懊悩(1) #小説

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「やだ!四蔵兄がいい!」
酒の席での失態を知り、ひたすら懊悩する四蔵の話です。
全3話予定。




 或る秋の日のことである。

 その日も彩八は頗る上機嫌だった。理由は一つ。兄弟が皆、彩八の言いなりになっているからだ。
 尤も、これは自分達に非があった。彩八を除け者にし、七人で宴を催したのだ。
 事を知った彩八は「ずるい!」と泣き喚き、翌日もへそを曲げていた。三助兄いわく「四蔵みてえな」顰め面の妹を前に、兄弟は頭を抱えた。
「彩八の機嫌を取るぞ。何としてもだ」
 険しい顔で一兄が言った。皆がごくりと唾を呑み、頷いた。
 それから二日、兄弟は妹の言いなりだ。愁兄と甚六は蜂蜜の分け前を奪われ、揃って涙目になった。三助兄は毎夜赤本を読まされ、声が掠れ気味だ。風五郎はやたらと肩車をねだられ、首を擦っている。
 一兄だけは別だ。今の彩八でも長兄には気兼ねするらしい。
 ともあれ、そういうわけで自分と七弥は今、野原の真ん中に座っている。
「七弥と四蔵兄は、花冠づくりに付き合って」
 それが彩八の指示だった。
 妙だと思った。七弥は判る。彩八に冠の作り方を教えた。だが自分は違う。「七弥一人で十分ではないか」と言ってみたが、彩八は首を横に振った。
「四蔵兄は見ていて」
 どうも妹は自分に冠を作らせる気はないらしい。指示どおり、彩八と七弥が山に入り、花や蔓を集める様子を見ていた。今は家に戻り、二人は冠を編んでいる。
「四蔵兄はこれとこれ、どっちが好き?」
 彩八が目を上げ、傍らの花を指して問う。「どっちが」と言われても。だが「花の良し悪しを俺に聞くな」と言えど「良し悪しじゃなくて、好き嫌いを聞いてるの」。
 やむなく目につく方を指すと、彩八は深く頷き、それを冠に加える。このやりとりは一体。訝しく思いながらも繰り返すうち、冠は仕上がった。
 少しばかり感心した。素人目にも美しく、しっかりとした作りだ。蔓で土台を作り、花や実を挿している。花は白色や紫色で、弁が小ぶりなものが多い。そういえば、全て自分が選んだものだ。
 ー俺は、こういうものが「好き」なのか。
 彩八は冠を持ち上げ、顔中に笑みを浮かべた。会心の出来らしい。ならば良かった、と目を細めていると、不意に彩八が此方に向き直った。
 そして。
「四蔵兄。頭を下げて」
 いやな予感がした。
「何故だ」
「下げて」
「だから」
「下げて」
ー彩八の機嫌を取るぞ。何としてもだ。
 長兄の声が耳に蘇る。そうだ。そのために皆が骨を折っている。自分だけ逃げるなど許されない。
 下唇を噛み、頭を垂れた。案の定、彩八はそっと冠を載せ、きゃあと嬉しげな声を上げた。
「四蔵兄、似合う!」
 歯を食い縛って堪える。そんな自分をよそに、彩八は「ね!」と隣に座る七弥の肩を叩いた。七弥はしばし黙していたが、やがて「そうだね」と小声で言い、目を伏せた。
 七弥の冠も仕上がっていた。妹のそれよりずっと凝った作りで、目を惹かれる。だがこの流れだと、見とれている場合ではない。
「じゃあ、次は七弥のを載せて」
 案の定というか、彩八が冠を外し、七弥に促した。弟は大きく身を震わせ、上目遣いに自分を見た。目だけで「良いのか、四蔵兄」と問う。良しも悪しもない。頭を垂れると、七弥が冠を差し出した。その指もまた震えている。
 一方で隣の彩八は目を輝かせ、いざ冠が載るや「四蔵兄、すごく似合う!」と手を叩いた。無心で堪えた。これで終いだと思った。だが、甘かった。
 花冠の兄を四方八方から眺めていた彩八が、不意に楽しげな声を上げた。
「ねえ、四蔵兄」
 またしてもいやな予感がした。唾を呑み下し、妹の顔を見つめる。すると彩八は満面の笑みを浮かべ、
「膝枕して」
 不意に「げほっ」と音がした。七弥が噎せたのだ。咳は続く。「おい」と声を掛けたが、弟は「平気だ」と首を振った。咳が収まると、彩八は此方に向き直り、改めて繰り返した。
「膝枕、して」
「それは愁兄にでも頼め」
 或いは風五郎。あの二人が適任だ。だが妹は大きく首を振り、声を強めて言い張った。
「やだ!四蔵兄がいい!」
 間を置かず、また「げほっ」と音。やはり七弥だ。だが今度は激しい。身を二つに折り、引っ切り無しに噎せる。収まっても顔を上げず、肩を抱いて震え出した。明らかに様子がおかしい。
「七弥!大丈夫か!」
 一兄だ。一兄を呼ばねば。急ぎ立ち上がりかけたが、中腰で止まった。七弥に肩を掴まれたのだ。
「大丈夫だ、噎せた、だけだ」
 そう言うが、息は荒く、顔は白い。流石の彩八も顔色を変え「み、水!持ってくる!」と叫び、母屋の裏手へ駆けて行った。小さな背が角に消えた後で、七弥が口を開いた。
「ごめん、四蔵兄。俺が…花冠なんか教えたから」
 咳は抜け切らず、声は途切れがちだ。その背を擦りながら答える。
「お前は悪くない。彩八を喜ばせようとしたのだろう」
 悪いというなら、妹一人を除け者にした七人皆が悪い。そう続けると、七弥は微かに口元を緩めた。だがやはり顔は白い。
「七弥、本当に大丈夫か」
 改めて問うた。七弥は答えず、此方の顔をじっと見た。何かを探るような目だ。
「なあ、四蔵兄」
 七弥が問う。
「三日前の晩のこと、覚えてないか」
 三日前の晩といえば、件の宴の晩だ。いくらかは覚えている。月は明るく、酒は甘く、とても幸せな気分だった。それ以外は、思い出せない。
「酒は、甘かったな」
「それだけか」
「それだけだな」
 答えると、七弥は安堵とも落胆ともつかない、深い溜め息を吐いた。


 結局、彩八は水桶を提げ、三助兄を連れて戻ってきた。途中で見つけて引っ張ってきたらしい。
「大丈夫なのか」
 彩八に事情を聞いたのだろう。三助兄は七弥に問うた。「平気だよ」と七弥が答えると「そうは見えねえけど」と首を傾げ、改めて確かめようとしたのか、此方に向き直った。そして、
「なんだそれ」
 と言い頭を指した。まだ冠が載っていたのだ。急ぎ外そうとしたが、その手を彩八に掴まれた。
「似合うでしょ」
 妹が胸を張り、兄の前に自分を突き出す。だが兄は顰め面で「知らん」と呻き、ふいと視線を逸らした。まじまじと見るのも悪いと思ったのだろう。やはり心根は優しい兄だ。
 結局、七弥は風邪らしい、となり、薬を飲むために庭の小屋に行った。三助兄と彩八が付き添い、自分は一人、土間に向かった。七弥と飯の係を代わろうと思ったのだ。
 道すがら、ふと考えた。先程、七弥が問うたことだ。
ー三日前の晩のこと、覚えてないか。
 宴で、何かあったのだろうか。改めて振り返るが、やはり思い出せない。
 歩いていると、背後で足音がした。この音は、風五郎だ。振り返ると、やはり弟が近づいていた。桶を提げた竿を肩に載せている。川で水を汲んで来たのだ。
 目が合うなり、弟は少しばかり目を丸くし、
「それ、どうしたんだ」
 と言い頭を指した。何かついているのか、と手を上げかけたが、先に弟の手が伸びてきた。指先が髪に触れ、何か白いものを摘み上げる。花弁だ。冠から落ちたのだろう。
 弟は二つ、三つと除き、その手を頭に置いた。髪が跳ねていたらしく、徐ろに撫でつける。温かな重みに、つい頬が緩む。
 だが、そこで閃くものがあった。月明かりの庭。空の竹筒。甘い匂い。そして、温かな重み。
ーこれだ。
 全身が震え、思わず問うていた。
「俺は、何をしていた」
「いつのことだ」
 首を傾げ、弟が問う。
「三日前の酒の席だ。俺は何をしていた」
「何って、酒を飲んで」
「その後だ」
 畳み掛けると、弟は黙り、腕を組んで俯いた。何か考えるときの癖だ。
 しばしそうしていたが、やがて弟は腕を解いた。そして顔を上げ、
「ごめんな、俺もよく覚えていないんだ」
 と詫びた。嘘だ、と思った。弟の声が微かに上ずっている。そして弟が噓を吐くのは、相手を傷つけまいとするときだ。
 つまり、知れば傷つきかねない失態を、自分は犯したーのではないか。
 顔から血の気が引いていく。知りたくはない。だが、知らねばならない。
「風五郎」
 名を呼び、襟を掴む。弟が自分を見た。常にない強い光を宿した、その目を見て悟った。いくら質そうと弟は口を割るまい。此方を傷つけぬために。
 手を離し、踵を返した。
「四蔵兄!」
 声を背に駆け出した。長兄ははぐらかす。七弥と風五郎は黙る。愁兄と三助兄もおそらく。
 となれば、あいつしかいない。あの夜の出来事を、洗いざらい喋りそうな奴は。
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守ってあげたい #お知らせ
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義兄弟強化月間です。
というわけで本日も本編の校正を続けていました(へろへろ)。
とりあえず「星のかけら」を校正版に差し替えました。今回の校正の主な目的は「己→自分」の一人称の変更だったので(とはいえそれ以外の部分を大幅に見直す羽目になりましたが)これで一区切りです。やっと新しい話が書ける!


何度も校正を繰り返して思うのは、回を重ねるごとにキャラの輪郭がはっきりしてくる、ということです。振り返れば最初はラフ画でしたね。それが今回の校正で下絵程度になった。ペン入れと着色はいつ?と思いますが、少なくとも最終話を書き切ってからかな(遠い目)。


私のマイブームは基本的に短命で、もって半年が限界だったのですが、イクサガミは既に十か月を過ぎ、日ごとに沼が深くなる感すらあります。どこまで沈めばよいのやら。
強いて言えば「私の義兄弟が見つかるまで」でしょうか。義兄弟妄想はもはやライフワーク。バランスなんてありゃしない。


今回のイラスト(ふみちゃん作)は、眠る四蔵とそれを見守る風五郎です。風五郎の独白の中の一コマにも見える。
振り返れば、風五郎はずっと怖かったんですよね。四蔵がいつかいなくなるんじゃないかと。その辺りは可愛い弟だよな、と思います。実は刀弥より厄介なラスボスなのですが(愁兄的に)。


ちなみに記事タイトルはユーミンの不滅の名曲です。「私の思いが貴方を守るから(フレイ様)」でもよろしい。
折って折って、祈って #お知らせ
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義兄弟強化月間です。
というわけで本日も本編の校正を続けています(だいぶしんどくなってきた)。
とりあえず「矛と盾」を校正版に差し替えました。前章の「忘れえぬ人」では、愁二郎に対して「忘れろ。俺も忘れる」「俺はあいつを忘れられない」と言っていた四蔵が、本章では風五郎に対して「お前は俺を忘れればいい」と言っている。このどうしようもなさが四蔵だなあと思います(私の中では)。


今回もイラストをふみちゃんに描いてもらいました。ある一場面ではなく、この章全体のイメージのようなものかと(断言できない)。私のプロンプトが拙いせいか、いつも予想の斜め上のイラストを上げてくるのですよ。これはこれでガチャ的な面白さがあるのですが。
「自分は矛だ。殺す側の人間だ」と信じ切っている四蔵に、「頼むから、もう戦うな。誰とも、自分とも」と風五郎が囁いている。そんな妄想をしました。


しかしまあ。
風五郎を守ろうとして傷つく四蔵と、そうして四蔵が傷つくことで傷つく風五郎という、落ちる底なしの関係が、どうしてこうもたまらんのか。
今日も健やかに病んでいます。
傷だらけの春 #お知らせ
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義兄弟強化月間です。
というわけで、本日も本編の校正を続けています(ちょっとしんどくなってきた)。
とりあえず「別れゆく道」「忘れえぬ人」を校正版に差し替えました。特に「忘れえぬ人」は大幅に読みやすくなったかと思います。


初稿のときは「これもこれも書かねば」と欲張りになるのですが、校正のときは「これは流れで伝わるから」とか「これは後で改めて掘るから」とか、一歩引いて見た上でゴリゴリ削れるので良いですね(後出しジャンケンとも言う)。
とはいえ、何か月か後に読み返したら「これも削れたな」と思うのでしょうが(切ない)。


イラストは「別れゆく道」ラストの四蔵と風五郎です。これから海を見たり、イカ焼きを食べたりするんだろうなあ。
生きろ。