まぼろし

イクサガミの二次創作をしています

一夜花(2) #小説

「あいつは死んだ。幻刀斎に殺された」
蠱毒前の四蔵と七弥の話です。


 昼が過ぎ、日が西に傾いた頃だった。
 自分は息子と縁側にいた。並んで座り、赤本を眺めていた。
 息子は始めこそ賑やかだったが、疲れたか、今は自分に凭れてうとうとしている。頭を撫でながら、つい欠伸が漏れた。
ー俺も寝るか、いや文に悪いか。
 思いながらぼんやりとしていた、そのときだった。
「あなた」
 軽い足音がして、妻が現れた。さらに「お客様です。夕刻の」と告げる。顔が不安げなのは、やはり先方の顔色が悪いからか。
「蒼を頼む」
 息子を横たえ、門に向かう。廊下の角を折れると、門の下に人影が見えた。和装の青年だ。歳も身丈も自分と似ている。だが。
 顔を見て、足が止まった。どころか息が、いっそ心臓すら止まったようだった。十年ぶりだが一目で判る。
ー四蔵兄。
 化野四蔵。四番目の兄、のはずだ。疑わしいほど、変わった。身丈は一尺は伸びた。そして何より、美しくなった。
 尤も、昔も愛らしくはあった。大きな切れ長の目、左の泣き黒子など、俤もある。しかし何なのか。見れば見るほどに、違和感が込み上げてくる。
ーどうしようもなく、変だ。
 何が変なのか。改めて全身を見て、悟った。
ー人らしくない。
 生気がない。まるで人形だ。糸のない操り人形。薄気味悪く、背が粟立つ。声もなく突っ立っていると、兄が口を開いた。
「七弥か」
 良い声だが、色がない。ぎこちなく頷くと、兄は自分を見つめ、首を振った。
「お前と争うつもりはない」
 警戒していると思ったらしい。「違う」と言いかけたが、兄が先んじた。
「幻刀斎はいる。兄弟を狙っている。お前も気をつけろ」
 矢継ぎ早に言い、兄は踵を返した。そして「邪魔をした」と呟くと、それきりで歩き出した。
 あ然とした。何というか、ついていけない。訳が判らない。
ー脱走者は幻刀斎に殺される。だから諦めて兄弟と殺し合え。
 継承戦の折、師は兄弟にそう告げた。だが山を降りて十年、それらしい者は現れなかった。あれは作り話だった。三助兄と自分はそう合点した。
 だが兄は、幻刀斎は実在し、兄弟を狙っているという。鵜呑みにはできない。何を以て「幻刀斎はいる」と判じたか。まずそこが知りたい。
 とにかく、説明が足らな過ぎる。
「四蔵兄さん」
 呼び、背を追う。だが兄は止まらず、足を早めた。髪が風を孕み、うなじが露わになる。抜けるように白く、野ざらしの骨のように見える。
ー何なんだ。何なんだ。何なんだ。
 焦りが込み上げ、叫んだ。
「四蔵兄!」
 追い縋り、肩を掴む。思いのほか硬く、薄い。
 兄が振り返る。改めて見ると、顔も唇も青白い。それよりも目。まるで闇だ。一度落ちれば落ち続けるばかり。そんな底なしの、昏い闇。
 怖かった。手が震える。だが離せない。「放っておけなかった」と妻は言った。確かに、今の兄を放っておいては、まずい。
 だがどうする。自分は今、何をすべきだ。昔はどうしていた。思い返し、がく然とする。
ー俺は、何もしていなかった。
 兄が心身を崩したとき、自分は傍にいなかった。他に適任者がいたからだ。兄弟一逞しい身体と、不釣り合いな温厚さを併せ持ったー。
「風兄はどうしたんだ」
 壬生風五郎。五番目の兄で、この兄と一番親しかった。体格も性分も、奥義すら正反対で、だがぶつからず、二人で一人のように寄り添っていた。互いを欠いては生きられない。そんな危うさすらあった。
 山を降りても共にいる。そう信じていた。だが今、風兄の姿は見えない。どこだ。こんな真っ青な四蔵兄を放って、どこにいる。
 そこまで考え、口を押さえた。
「まさか」
 先んじて、兄が言った。
「あいつは死んだ。幻刀斎に殺された」
 足元が揺れた。何とか踏み止まり、兄を見つめる。目は増して昏い。思わず目を伏せると、兄が払うように腕を振った。だが離さない。離せない。
「離せ」
 兄が身を捩る。手が滑り、誤って袖を引いた。襟が開き、胸が露わになる。その色に息を呑んだ。
 白い。そして赤い。胸から腹にかけ、点々と朱が散っている。見覚えがあった。昨日の娼妓に同じ痣があった。
ー嘘だ。
 あり得ない。この兄に限って。だがこれは何だ。
 頭が割れそうだ。訳が判らない。辛うじて判るのは。
ーこの人は、放っておいたら死ぬ。
 全身の血が引いた。狭まる視界の中で、白い首だけが見えた。腕を振り上げ、そこに手刀を落とす。
 鈍い音がして、兄が崩れた。屈んで抱き止めた身体は、まるで泡だった。強く握れば、指の間から零れ落ちてしまいそうだった。畳む