2026/05/01 Fri 【1080・第5話】再会 #小説・パラレル 「誰だ、あんた」 「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた →マジで書いてみた、という暴走の産物です。 続きを読む・ 六月某日。都内某所。 スクランブル交差点の上。商業ビル半面を占める大型モニターに、臨時のテロップが流れた。 「【速報】I県T市の爆発物製造工場で大規模な爆発。建物は全壊。三十二人が死亡、または行方不明ー」 行き交う人々が足を止め、スマホに指を走らせる。視界の端にそれらを収めながら、風五郎は車内のディスプレイに目をやる。 十三時二十分。打合せの開始まで四十分。三十分前に到着し周辺を下見。二十分前から会場の準備。十分前には完了。いつも通りだ。 信号が青に変わり、軽くアクセルを踏む。昼過ぎの道は混み合い、流れは悪い。そのことに少し安堵している自分がいる。 「大臣視察の件で、事前調整に行ってきます」 舟波に告げて執務室を出てから、何となく身体が重い。ありふれた業務にも関わらず。理由は分かっている。あいつがいるからだ。 「だから、何だ」 敢えて呟く。誰がいようと、やることは同じだ。だが。 ハンドルがみしりと音を立てた。緩めた手のひらが汗ばんでいる。溜め息を吐き、目を閉じる。ふいに遠い日の景色が浮かぶ。 白い部屋。包帯。点滴。青みを帯びた黒い瞳。 そして。 ー誰だ、あんた。 耳に蘇る、その一言。 払うように頭を振り、前方に目を凝らす。住宅街の中に聳え立つ、白い巨塔。七星病院。都内有数の大病院。そして、今のあいつの居場所。 「だから、何だ」 任務をこなす。大臣を守る。やるべきことは、それだけだ。 ・ 七星病院の大会議室には、ざっと五十人ほどが集まっていた。いつもと顔ぶれが違う。見るからに医療従事者ではない、厳つい男達が過半数を占める。八俣警察署、もしくは警視庁警備部の人間だ。 半月後に迫った、大臣視察の打合せ。 院長の一貫は正面横の席につき、スライドーいや、傍らに立つ男を眺めていた。壬生風五郎。警視庁から来た、警察側の責任者だ。 壬生は院内図を指し、当日の道程を説明している。話が上手い。分かり易く、ユーモアもある。声が良く、抑揚も利いている。皆が熱心に聞き入っている。 警察らしくない、と一貫は思う。話しぶりだけではない。外見もそうだ。 身体は逞しい。並外れて大柄で、よく引き締まっている。だが顔はどうだ。垂れ眉に垂れ目、柔らかな面立ちは保育士のようだ。だがー。 壬生の話は続く。メモを取りながら一貫は思う。何も起こるまい。この国で要人の襲撃など滅多に起きない。起きたとしても、この男ならば。 「一人で組一つを壊滅させた、警視庁の巨象だ」 少し前に、知人の警備部OBから聞いた話を思い出す。 巨象、なのかもしれない。優しげな眼差しに、言いようのない重みを感じる。目が合うと、背筋が粟立つ。 口元に微笑を浮かべ、職員の問いに答える。そんな壬生を眺め、一貫はペンを握る手が汗ばむのを感じた。 ・ 「壬生さん。お疲れ様です」 午後三時三十分。 打合せを終えて荷物を片付けていると、声を掛けられた。見れば男が一人。すらりと伸びた背筋、上品な顔立ち。この病院の院長、赤池一貫。 ー写真より優男だ。 一つの記事を思い出す。ビジネス誌の巻頭特集だった。「七星病院、V字回復の軌跡」という見出しで、立役者である赤池の半生と現在が描かれていた。 幼い頃に父母が他界し、先代院長である伯父の元で育つ。外科医として他院に勤めるも、経営難を苦に伯父が自殺。三十二歳で院長に就任すると、一年で赤字を解消し、二年で七星を都内有数の大病院に押し上げた。 脚色はあるもの、と話半分に読んでいた。だがー。 会議中の様子を思い返す。主催者は自分だった。だが病院側の責任者である赤池にも、多くの質問が飛んだ。 その全てに、彼は淀みなく答えた。部下に尋ねず、資料すら見ずに。常に院内の全てを把握し、管理している。これほどの大病院で。 「いえ、そちらこそ。病院は常に多忙でしょう」 「まあ、そうですね。ですが視察対応も大事な仕事ですから」 微笑を浮かべて赤池が言う。視察に難色を示す者が多い中、有り難いと思う。だが何なのか、身体が強ばる。 ー視られている。 そんな気がする。一挙一動も、胸の内までも。 警護対象者にまれにいる。一度会うだけで他人の人格を見抜き、巧みに取り込み、利用する。「政界のフィクサー」や「黒幕」と呼ばれる人種だ。 断定はできないが、纏う空気が似ている。ならば長居は無用、むしろ危険だ。 「では、当日はよろしくお願いいたします」 一礼して踵を返し、一歩踏み出した。そのときだった。 人が入ってきた。若い男だ。白衣に皺が寄っている。仮眠明けの医師か、と顔に目をやり、息が止まった。 切れ長の目。通った鼻筋。薄い唇。端正だがどこか冷たい。見知った、ではない、知っていた顔だ。胸の名札を見るまでもない。 男の目が風五郎を捉える。だがそれも一瞬で、すぐ赤池に移る。そして歩み寄り、 「部屋の空調が動かない。何とかしろ」 噛み付くような口調。上司、しかも院長への態度ではない。だが赤池は口の端を上げ、薄く笑い、 「分かった。総務部に伝えておく」 「⋯早くしろ」 言うだけ言って気が済んだのか。男は肩を落とし、踵を返す。だが。 「待て」 赤池の呼びかけに、男が振り返る。顰め面を隠しもしない。構わず赤池は続ける。 「その襟」 言って男の襟元を指す。左襟が内側に折れている。 それがどうした、と言いたげに男が赤池を睨む。だが彼は怯まず、すっと襟元に手を伸ばした。 男は動かない。じっと赤池を眺めている。身を引くことも、振り払うこともなく。よく見ると隈が濃い。疲労が溜まっているのか。いや、そんなことより。 赤池の指が、男の首に触れる。 ーその刹那。 身体が勝手に動いた。気づけば腕を上げ、赤池の手首を掴んでいた。 赤池が手を止め、こちらを見る。責めるでもなく、問うような視線。答えなど思いつかない。何も言えず、手も離せず、その視線を受け止める。 そのときだった。ピリリ、と軽い電子音が鳴った。男の白衣のポケットからだ。 案の定、男が無造作に手を突っ込み、端末を取り出し耳に当てる。やがて「今行く」とだけ言うと、足早に廊下に向かった。だが。 去り際の、ほんの一瞬。男が振り返り、目が合った。感情の読み取れない目。あの日と全く同じー。 男がふいと目を逸らし、廊下へと消える。すると自然と手が解けた。 「失礼しました」 赤池に向き直り、頭を下げた。相手は手首を回し、軽く首を振る。微笑んでいるが、目は笑っていない。おそらく自分も同じだ。 「面倒見が良いのですね」 小石を投げたつもりだった。だが相手の方が上手だった。 「あれは、うちの大事な医者ですから」 流される。だが食い下がる。 「うちの、とは」 その一言に、ほんの少しだけ、相手の瞳が揺れた気がした。だがそれも一瞬で、赤池は軽く肩を竦め「さて?」とそらとぼけて見せた。 これ以上は不毛だ。軽く息を吐き、足早に歩く。逃れるように出た廊下には、もう誰もいなかった。畳む
「誰だ、あんた」
「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた
→マジで書いてみた、という暴走の産物です。
・
六月某日。都内某所。
スクランブル交差点の上。商業ビル半面を占める大型モニターに、臨時のテロップが流れた。
「【速報】I県T市の爆発物製造工場で大規模な爆発。建物は全壊。三十二人が死亡、または行方不明ー」
行き交う人々が足を止め、スマホに指を走らせる。視界の端にそれらを収めながら、風五郎は車内のディスプレイに目をやる。
十三時二十分。打合せの開始まで四十分。三十分前に到着し周辺を下見。二十分前から会場の準備。十分前には完了。いつも通りだ。
信号が青に変わり、軽くアクセルを踏む。昼過ぎの道は混み合い、流れは悪い。そのことに少し安堵している自分がいる。
「大臣視察の件で、事前調整に行ってきます」
舟波に告げて執務室を出てから、何となく身体が重い。ありふれた業務にも関わらず。理由は分かっている。あいつがいるからだ。
「だから、何だ」
敢えて呟く。誰がいようと、やることは同じだ。だが。
ハンドルがみしりと音を立てた。緩めた手のひらが汗ばんでいる。溜め息を吐き、目を閉じる。ふいに遠い日の景色が浮かぶ。
白い部屋。包帯。点滴。青みを帯びた黒い瞳。
そして。
ー誰だ、あんた。
耳に蘇る、その一言。
払うように頭を振り、前方に目を凝らす。住宅街の中に聳え立つ、白い巨塔。七星病院。都内有数の大病院。そして、今のあいつの居場所。
「だから、何だ」
任務をこなす。大臣を守る。やるべきことは、それだけだ。
・
七星病院の大会議室には、ざっと五十人ほどが集まっていた。いつもと顔ぶれが違う。見るからに医療従事者ではない、厳つい男達が過半数を占める。八俣警察署、もしくは警視庁警備部の人間だ。
半月後に迫った、大臣視察の打合せ。
院長の一貫は正面横の席につき、スライドーいや、傍らに立つ男を眺めていた。壬生風五郎。警視庁から来た、警察側の責任者だ。
壬生は院内図を指し、当日の道程を説明している。話が上手い。分かり易く、ユーモアもある。声が良く、抑揚も利いている。皆が熱心に聞き入っている。
警察らしくない、と一貫は思う。話しぶりだけではない。外見もそうだ。
身体は逞しい。並外れて大柄で、よく引き締まっている。だが顔はどうだ。垂れ眉に垂れ目、柔らかな面立ちは保育士のようだ。だがー。
壬生の話は続く。メモを取りながら一貫は思う。何も起こるまい。この国で要人の襲撃など滅多に起きない。起きたとしても、この男ならば。
「一人で組一つを壊滅させた、警視庁の巨象だ」
少し前に、知人の警備部OBから聞いた話を思い出す。
巨象、なのかもしれない。優しげな眼差しに、言いようのない重みを感じる。目が合うと、背筋が粟立つ。
口元に微笑を浮かべ、職員の問いに答える。そんな壬生を眺め、一貫はペンを握る手が汗ばむのを感じた。
・
「壬生さん。お疲れ様です」
午後三時三十分。
打合せを終えて荷物を片付けていると、声を掛けられた。見れば男が一人。すらりと伸びた背筋、上品な顔立ち。この病院の院長、赤池一貫。
ー写真より優男だ。
一つの記事を思い出す。ビジネス誌の巻頭特集だった。「七星病院、V字回復の軌跡」という見出しで、立役者である赤池の半生と現在が描かれていた。
幼い頃に父母が他界し、先代院長である伯父の元で育つ。外科医として他院に勤めるも、経営難を苦に伯父が自殺。三十二歳で院長に就任すると、一年で赤字を解消し、二年で七星を都内有数の大病院に押し上げた。
脚色はあるもの、と話半分に読んでいた。だがー。
会議中の様子を思い返す。主催者は自分だった。だが病院側の責任者である赤池にも、多くの質問が飛んだ。
その全てに、彼は淀みなく答えた。部下に尋ねず、資料すら見ずに。常に院内の全てを把握し、管理している。これほどの大病院で。
「いえ、そちらこそ。病院は常に多忙でしょう」
「まあ、そうですね。ですが視察対応も大事な仕事ですから」
微笑を浮かべて赤池が言う。視察に難色を示す者が多い中、有り難いと思う。だが何なのか、身体が強ばる。
ー視られている。
そんな気がする。一挙一動も、胸の内までも。
警護対象者にまれにいる。一度会うだけで他人の人格を見抜き、巧みに取り込み、利用する。「政界のフィクサー」や「黒幕」と呼ばれる人種だ。
断定はできないが、纏う空気が似ている。ならば長居は無用、むしろ危険だ。
「では、当日はよろしくお願いいたします」
一礼して踵を返し、一歩踏み出した。そのときだった。
人が入ってきた。若い男だ。白衣に皺が寄っている。仮眠明けの医師か、と顔に目をやり、息が止まった。
切れ長の目。通った鼻筋。薄い唇。端正だがどこか冷たい。見知った、ではない、知っていた顔だ。胸の名札を見るまでもない。
男の目が風五郎を捉える。だがそれも一瞬で、すぐ赤池に移る。そして歩み寄り、
「部屋の空調が動かない。何とかしろ」
噛み付くような口調。上司、しかも院長への態度ではない。だが赤池は口の端を上げ、薄く笑い、
「分かった。総務部に伝えておく」
「⋯早くしろ」
言うだけ言って気が済んだのか。男は肩を落とし、踵を返す。だが。
「待て」
赤池の呼びかけに、男が振り返る。顰め面を隠しもしない。構わず赤池は続ける。
「その襟」
言って男の襟元を指す。左襟が内側に折れている。
それがどうした、と言いたげに男が赤池を睨む。だが彼は怯まず、すっと襟元に手を伸ばした。
男は動かない。じっと赤池を眺めている。身を引くことも、振り払うこともなく。よく見ると隈が濃い。疲労が溜まっているのか。いや、そんなことより。
赤池の指が、男の首に触れる。
ーその刹那。
身体が勝手に動いた。気づけば腕を上げ、赤池の手首を掴んでいた。
赤池が手を止め、こちらを見る。責めるでもなく、問うような視線。答えなど思いつかない。何も言えず、手も離せず、その視線を受け止める。
そのときだった。ピリリ、と軽い電子音が鳴った。男の白衣のポケットからだ。
案の定、男が無造作に手を突っ込み、端末を取り出し耳に当てる。やがて「今行く」とだけ言うと、足早に廊下に向かった。だが。
去り際の、ほんの一瞬。男が振り返り、目が合った。感情の読み取れない目。あの日と全く同じー。
男がふいと目を逸らし、廊下へと消える。すると自然と手が解けた。
「失礼しました」
赤池に向き直り、頭を下げた。相手は手首を回し、軽く首を振る。微笑んでいるが、目は笑っていない。おそらく自分も同じだ。
「面倒見が良いのですね」
小石を投げたつもりだった。だが相手の方が上手だった。
「あれは、うちの大事な医者ですから」
流される。だが食い下がる。
「うちの、とは」
その一言に、ほんの少しだけ、相手の瞳が揺れた気がした。だがそれも一瞬で、赤池は軽く肩を竦め「さて?」とそらとぼけて見せた。
これ以上は不毛だ。軽く息を吐き、足早に歩く。逃れるように出た廊下には、もう誰もいなかった。畳む