2026/05/01 Fri 【1080・第4話】営業と医者 #小説・パラレル 「なんだ、あんたか」 「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた →マジで書いてみた、という暴走の産物です。 続きを読む・ 六月某日。 「午後二時をお知らせします」 ラジオの時報を耳に、愁二郎は車を停めた。ダイハツのミライース。ありふれた営業車だ。エンジンを切り、顔を上げる。百台は収まる駐車場の先に、巨大な建物が見える。 ー七星病院。 都内で有数の総合病院。病床は五百。地上十階、地下一階建ての建物は、恰も「白い巨塔」だ。 頂を見上げ、ごくりと唾を呑む。何度も訪れているが、その度に気が張る。 軽く頭を振り、助手席の鞄を取る。点検用の器具が入っており、ずしりと重い。 抱えるように持ち、車を降りる。入口に向かって歩きながら、改めて建物を仰ぐ。窓に人影が映る。外の景色を眺める老人。立ち回る看護師。 ふいに、一人の姿が思い浮かぶ。 ー今日は、会えるだろうか。 院内で何度か見かけた白衣の青年。名は知らない。医師、あるいは研修医。均整の取れた身体つきに、端正な顔立ち。一言で美形。 だが何より強く惹かれるのは、言いようのない「淡さ」だ。 白衣を揺らし、明るいパステルイエローの廊下を歩く。その姿はふっと掻き消えてしまいそうで、一度目に入ると否応なく追ってしまう。 淡い、引力。 ー何なんだろうな、あれは。 軽く首を振り、入口に立つ。自動ドアが開き、冷えた空気が頬を撫でた。 ーまずは仕事だ。 鞄を握る手に力を込め、愁二郎はドアを潜った。 ・ 病院の一角。北棟の廊下を一貫は歩いていた。大病院の院長が、珍しく一人。彼を見るなり擦り寄ってくる内科部長も、息を呑んで直立する研修医もいない。 人気のない廊下を足早に進む。行先は院内の最北の部屋。かつては病室だったが、やがて物置に、今は個人の居室になっている。 部屋の前に着く。ノックもなくドアを引き開けた。 広さは八畳ほど。治療用のベッドのほか、机と椅子、棚とテレビ。カーテンは全て閉じられ、室内は暗い。 ごくありふれた病室。だが、いるのは病人ではない。 一歩踏み込んだ、そのときだった。ベッドが揺れた。寝ていた人物が身を起こしたのだ。相手はさらに身構える。だが入口に一貫の姿を認めると、 「何だ、あんたか」 それだけを言い、また身を沈めた。 一貫は息を吐き、ベッドに歩み寄る。そして布団を掴み、一気に引き剥がした。 横たわる全身が露わになる。皺の寄ったシャツとスラックス。手術着でないだけましか。 「飯を食え、風呂に入れ、そして着替えろ」 一息に言う。だが案の定、相手は「うるさい」と呟き、壁に向かって寝返りを打った。髪が流れ、形の良い耳が覗く。一貫は一瞬だけ目を落とし、すぐに外した。 「四蔵」 名を呼ぶが、反応はない。肩に手を置き、軽く揺する。続けていると、堪えかねたように身を起こし、机を指した。黄色の箱と銀色のパック。カロリーメイトとヴィダーinゼリー。どちらも空だ。 「食った」 文句あるか、とでも言いたげだ。二十を過ぎているが、まるで子どもだ。 「あんなもの、食ったうちに入るか」 声を強めて言う。だが相手も引かない。布団を引き寄せながら、憎々しげに返す。 「食うより寝たい。今日も三時から二件ある」 二件、とは手術だ。胃全摘、そして直腸切断。いずれも高難度。所要時間は三から五時間。三時から二件は厳しい。だが、この男に限っては別だ。 ー化野四蔵。七星病院きっての「天才外科医」。 研修医として入った時点で、すでに異物だった。とにかく手術が上手い。どこで身につけたのか。正確無比、かつ迅速。しかも常に冷静で、何が起ころうと眉一つ動かさない。 「化野ってやつは、とんだ怪物らしい」 始めは部内の噂だった。それが院内に広まったのは、ある腸閉塞の手術。 術中、担当医が倒れた。当然、手術は中止だ。だが開いた腹は閉じなければならない。看護師が他の医師を呼びに出ようとした、そのとき。 「手術は続ける。俺がやる」 四蔵がメスを取り、そして終わらせた。三時間の予定を、一時間で。 以後、彼の扱いは一変した。助手など論外。研修中に中難度を一通りこなさせ、その後は高難度、いっそ超難度ばかりを任せている。失敗は、一度もない。 今や噂は院外に及ぶ。「ぜひ手術を」と患者が押し寄せ、結果、負担が四蔵に集中している。 自覚も、負い目もある。だから院長である自分が、こうして様子を見に来ている。 「二時になったら起きる」 四蔵が布団を引き上げる。その手首を一貫は掴んだ。柔らかく、だが強く。 「しつこ」 言い切る前に、一貫は動いた。空いていた手を伸ばし、右頬に添える。四蔵が身を引こうとする。だが逃さない。顔を寄せ、覗き込む。 青みを帯びた黒の瞳。薄い桜色の唇。無防備に曝された、それらの輪郭をなぞりかけた自分に気づき、一貫は手を離した。 その隙に四蔵が布団を引く。とにかく寝たいらしい。 一つ息を吐き、一貫は言う。 「お前は、うちの大事な医者だ。倒れられては困る」 噓ではない。だが、それだけではない。 それだけなら、他の医師を抑えて副部長に据え、院内に私室を与え、日に何度も様子を見に来たりはしない。 ーお前は、うちの、大事な医者。 胸中で繰り返し、口元が歪む。 何ともまあ、白々しいことだ。畳む
「なんだ、あんたか」
「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた
→マジで書いてみた、という暴走の産物です。
・
六月某日。
「午後二時をお知らせします」
ラジオの時報を耳に、愁二郎は車を停めた。ダイハツのミライース。ありふれた営業車だ。エンジンを切り、顔を上げる。百台は収まる駐車場の先に、巨大な建物が見える。
ー七星病院。
都内で有数の総合病院。病床は五百。地上十階、地下一階建ての建物は、恰も「白い巨塔」だ。
頂を見上げ、ごくりと唾を呑む。何度も訪れているが、その度に気が張る。
軽く頭を振り、助手席の鞄を取る。点検用の器具が入っており、ずしりと重い。
抱えるように持ち、車を降りる。入口に向かって歩きながら、改めて建物を仰ぐ。窓に人影が映る。外の景色を眺める老人。立ち回る看護師。
ふいに、一人の姿が思い浮かぶ。
ー今日は、会えるだろうか。
院内で何度か見かけた白衣の青年。名は知らない。医師、あるいは研修医。均整の取れた身体つきに、端正な顔立ち。一言で美形。
だが何より強く惹かれるのは、言いようのない「淡さ」だ。
白衣を揺らし、明るいパステルイエローの廊下を歩く。その姿はふっと掻き消えてしまいそうで、一度目に入ると否応なく追ってしまう。
淡い、引力。
ー何なんだろうな、あれは。
軽く首を振り、入口に立つ。自動ドアが開き、冷えた空気が頬を撫でた。
ーまずは仕事だ。
鞄を握る手に力を込め、愁二郎はドアを潜った。
・
病院の一角。北棟の廊下を一貫は歩いていた。大病院の院長が、珍しく一人。彼を見るなり擦り寄ってくる内科部長も、息を呑んで直立する研修医もいない。
人気のない廊下を足早に進む。行先は院内の最北の部屋。かつては病室だったが、やがて物置に、今は個人の居室になっている。
部屋の前に着く。ノックもなくドアを引き開けた。
広さは八畳ほど。治療用のベッドのほか、机と椅子、棚とテレビ。カーテンは全て閉じられ、室内は暗い。
ごくありふれた病室。だが、いるのは病人ではない。
一歩踏み込んだ、そのときだった。ベッドが揺れた。寝ていた人物が身を起こしたのだ。相手はさらに身構える。だが入口に一貫の姿を認めると、
「何だ、あんたか」
それだけを言い、また身を沈めた。
一貫は息を吐き、ベッドに歩み寄る。そして布団を掴み、一気に引き剥がした。
横たわる全身が露わになる。皺の寄ったシャツとスラックス。手術着でないだけましか。
「飯を食え、風呂に入れ、そして着替えろ」
一息に言う。だが案の定、相手は「うるさい」と呟き、壁に向かって寝返りを打った。髪が流れ、形の良い耳が覗く。一貫は一瞬だけ目を落とし、すぐに外した。
「四蔵」
名を呼ぶが、反応はない。肩に手を置き、軽く揺する。続けていると、堪えかねたように身を起こし、机を指した。黄色の箱と銀色のパック。カロリーメイトとヴィダーinゼリー。どちらも空だ。
「食った」
文句あるか、とでも言いたげだ。二十を過ぎているが、まるで子どもだ。
「あんなもの、食ったうちに入るか」
声を強めて言う。だが相手も引かない。布団を引き寄せながら、憎々しげに返す。
「食うより寝たい。今日も三時から二件ある」
二件、とは手術だ。胃全摘、そして直腸切断。いずれも高難度。所要時間は三から五時間。三時から二件は厳しい。だが、この男に限っては別だ。
ー化野四蔵。七星病院きっての「天才外科医」。
研修医として入った時点で、すでに異物だった。とにかく手術が上手い。どこで身につけたのか。正確無比、かつ迅速。しかも常に冷静で、何が起ころうと眉一つ動かさない。
「化野ってやつは、とんだ怪物らしい」
始めは部内の噂だった。それが院内に広まったのは、ある腸閉塞の手術。
術中、担当医が倒れた。当然、手術は中止だ。だが開いた腹は閉じなければならない。看護師が他の医師を呼びに出ようとした、そのとき。
「手術は続ける。俺がやる」
四蔵がメスを取り、そして終わらせた。三時間の予定を、一時間で。
以後、彼の扱いは一変した。助手など論外。研修中に中難度を一通りこなさせ、その後は高難度、いっそ超難度ばかりを任せている。失敗は、一度もない。
今や噂は院外に及ぶ。「ぜひ手術を」と患者が押し寄せ、結果、負担が四蔵に集中している。
自覚も、負い目もある。だから院長である自分が、こうして様子を見に来ている。
「二時になったら起きる」
四蔵が布団を引き上げる。その手首を一貫は掴んだ。柔らかく、だが強く。
「しつこ」
言い切る前に、一貫は動いた。空いていた手を伸ばし、右頬に添える。四蔵が身を引こうとする。だが逃さない。顔を寄せ、覗き込む。
青みを帯びた黒の瞳。薄い桜色の唇。無防備に曝された、それらの輪郭をなぞりかけた自分に気づき、一貫は手を離した。
その隙に四蔵が布団を引く。とにかく寝たいらしい。
一つ息を吐き、一貫は言う。
「お前は、うちの大事な医者だ。倒れられては困る」
噓ではない。だが、それだけではない。
それだけなら、他の医師を抑えて副部長に据え、院内に私室を与え、日に何度も様子を見に来たりはしない。
ーお前は、うちの、大事な医者。
胸中で繰り返し、口元が歪む。
何ともまあ、白々しいことだ。畳む