まぼろし

イクサガミの二次創作をしています

【1080・第2話】SP・巨象 #小説・パラレル
「あそこには、あいつがいる」
「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた
→マジで書いてみた、という暴走の産物です。



 室内は整っていた。机にはPCと書類。キャビネットにはファイル。全てが正しい位置に収まり、余計なものは一つもない。
 警視庁警備部、その一室。窓際の席で、舟波は資料から顔を上げた。
「壬生」
 短く呼ぶと、入口近くで一人の男が立ち止まった。かなり大柄だ。百八十センチの舟波よりさらに十センチはある。肩幅は広く胸板も厚い。だが威圧感はない。
 顔立ちのせいだろう。垂れ気味の眉と目、少し上がった口角。二か月前、初対面で「何を笑っている」となじったら「すみません。生まれつきで」とさらに眉を垂れた。
 物腰は穏やか、いっそ気弱。場違いな感すらある。
ーだが、実態は。
 再び資料に目を落とす。壬生風五郎。警察学校を卒業後、四谷警察署で二年勤務。署長の推薦で警護専修に参加し、ガタイの良さを買われて暴力団対策課に配属。
ーそして、これだ。
 当時、西新宿に進出していた山口組系の暴力団「三島組」に単独で突入し、応援の到着を待たずに制圧。関係者三十五名を確保。うち軽傷者は十二名。死者、重傷者はなし。
 これが上層部の目に留まり、警備部に引き抜かれ、今はこの三課で国務大臣の警護に当たっている。
 信じ難い。だが事実だ。警察の現場検証は徹底している。だが本人を前にすると、やはり疑う。その場を見た舟波ですら。
 と言っても舟波が見たのは「事後」だ。割れた窓や戸。散乱する家具、銃、ナイフ。そして倒れ伏す男達。
 竜巻に遭った後のようだった。その中に一人、静かに佇んでいる、壬生を除いては。
 壬生は入口を離れ、舟波の元にやってきた。
「何か」
 舟波を見下ろして問う。口調は柔らかい。だが首すじが粟立つ。
 舟波は軽く頭を振り、一息に告げた。
「来週、厚生労働大臣の視察に同行してもらう」
 壬生は静かに頷く。
「日時は調整中。追って連絡が来る。場所は七星病院」
 ほんの一瞬だった。だが、確かに壬生の瞳が揺れた気がした。
ーどうかしたのか。
 尋ねようとして、止めた。
「警護対象は大臣。所轄署からも応援が来る。連携して任務に当たれ」
 矢継ぎ早に続け、
「今回の指名は前島大臣のご指名だ」
 と締め括った。
「承知しました」
 壬生は頷く。いつもと同じ顔だ。まだ二十代の若手だ。大方は驚き、喜び、慄くものだ。自分がそうだった。だがこの男は違う。判らない。力量も、本心も。
「行ってよし」
 壬生が一礼し、入口に向かう。脇のホワイトボードには「朧学園」とある。三日後の文科大臣の視察の件だろう。
 壬生が歩いていく。巨躯に似合わず、ほとんど足音がない。
 ふいに思い出した。
ー巨象。
 壬生のあだ名だ。普段は大人しい。だが一度暴れ出すと誰も止められない。今回は警護だ。そうはならないと思うが、引っ掛かる。
ー七星病院。
 その名を口にしたときの、壬生の瞳が。
ーどうかしたのか。
 その一言で足りた。だが言い出せなかった。踏み込むな。危険だ。そう本能が告げていた。
 何が起きても対象を守り抜く。それが警備部の使命だ。よって何もかもが起こり得ると考え、対策を練り、腹を括る。長年そうしてきた。だが今回は少し違う。
ーどうか、何も起こってくれるな。
 何よりもまずそう願っている自分に気づき、舟波はまた頭を振った。


 警備部の廊下はがらんとしている。部外者の入室がほとんどなく、職員の大半は外出しているからだ。
 誰もいない中を一人、風五郎は歩く。頭の中で一つの名前をなぞりながら。
ー七星病院。
 病院での警護は過去にもあった。七星は大病院だ。監視カメラや警備員など、設備も人員も整っている。警護はしやすい場所だろう。だが。
ーあそこには、
 思考が止まる。頭の片隅で声がする。それは考えるな、と。
 打ち切り、代わりに任務について考える。大臣の動線。応援の配置。想定されるリスク。いつものように一つずつ突き詰め、つなげる。
 だが、のろい。何を考えてもノイズが入る。
ーあそこには、あいつがいる。
 否応なく思い出す。白い病室。窓際のベッド。薄い身体。腕に伸びる点滴の管。頬のガーゼ。そしてー。
 立ち止まる。拳を振り上げ、壁に叩きつける寸前で止めた。一つ息を吐き、首を振る。落ち着け。そう念じながら。
 落ち着いて任務をこなす。それしかない。大臣の指名だ。誰とも代われない。いや、代わりたくない。なぜなら。
「あそこには、あいつがいる」
 結局は、これだ。
 改めて声に出すと、背すじが粟立った。正直、恐ろしかった。顔を合わせることがあるか。合ったらどうするか。
ーどうもしない。
 あいつは何も覚えていない、どころか自分のことなど、知りもしないのだから。
 肩が落ちる。拳を解きながら、再び歩き出す。よほど強く握っていたのか、爪の先に、僅かな血の湿りを感じた。畳む