まぼろし

イクサガミの二次創作をしています

烏丸七弥の憂鬱(1) #小説

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「なあ、これ、持って帰らないか」
義兄弟男七人が繰り広げる、宴の一夜のドタバタコメディです(多分)。
全3話予定。



 男は冷たくなっていた。

 山道の脇の巨木の元に、その男は蹲っていた。
 火の番で甚六と二人、山に薪を取りに行った帰りだった。二人で顔を見合わせ、甚六が声をかけた。
「おい」
 返事はない。揃って近づき、しゃがんで顔を覗き込む。面持ちは安らかで、よい夢を見ているように見える。だが。
「死んでる」
 男の頬に触れ、甚六が呟く。続いて自分も触れてみる。確かに、恐ろしく冷たい。
 男は胸に竹筒を抱えている。それで察せた。筒の中身は酒だ。道に迷った末、暖を取ろうと酒を飲んで寝入ってーという者は後を絶たない。
 にしても、何だろう。
「甘い匂いがする」
 そうなのだ。甚六が鼻をひくつかせ、男の周りを探る。出所はすぐ判った。竹筒だ。
「酒って、こんな匂いだったか」
 甚六に倣い、鼻を近づける。酒と言えば師の作るどぶろくだが、あれとは全く違う。頭の芯が蕩けるような、甘い香り。
「でも、これだけじゃねえよな」
 言って甚六は辺りを見回し、男の傍らに目を留めた。男の荷だろう、行李と包みが一つずつ。
 甚六が行李に手を伸ばした。「おい」と止めたが聞かずに開く。一帯に香りが広がり、頭がくらりと揺れた。
 行李の中身は大半が竹筒だった。男の胸のものと同じだ。飲兵衛か、それとも酒売りか。
 ともあれ、香りだけで酔いそうだ。頭を振り、閉じようと手を伸ばしたが、そこで手首を掴まれた。甚六だ。
「何をするんだ」
 顔を見やり、ぎょっとした。その目は爛々と輝いていた。
「なあ、これ、持って帰らないか」
 弾んだ声で甚六が言う。
「それは、いくらなんでも」
 墓荒らしのようで良心が咎める。とはいえ甚六の気持ちも判る。こいつは甘味に目がない。昨日も愁兄とはちみつを奪い合っていた。
 しかも山で甘味は希少だ。本音を言えば、自分自身、置いていくのは惜しいー。
「なあ、良いだろ。俺が担ぐから」
 肩を掴んで揺すり、甚六が続ける。
「やめろって」
 手を解こうと腕を振る。それが男の肩に触れた。男の身体がずるりと傾ぎ、竹筒を差し出すような格好になった。
「ほらな」
 神妙な顔で甚六が言う。ほらな、ではない。とは思いながら、抗う気力は失せていた。自分は止めた。叱られるのは甚六だけだ。
 男を手近な場所に埋め、手を合わせて山を降りた。前を行く甚六の背の行李からは、うっすらと甘い香りが零れ続けていた。


「なるほど」
 行李を前に、一兄は頷いた。

 山を降りてすぐ、一兄の元に向かった。兄は一人、庭の小屋で薬研車を引いていた。甚六が「一兄」と呼びながら小屋に踏み入ると「騒がしいぞ」と顔を顰めたが、その背の荷に気づき、目を丸くした。
「それは何だ」
 二人揃って兄の前に座し、経緯を語った。一兄は腕組みをして聞き、話が終わると「全く、お前は」と甚六の頭を小突いた。だが叱責はそれだけで、脇の行李に手を伸ばし、蓋を持ち上げた。
 一帯に甘い香りが立ち込める。兄は眉を寄せたが、筒を一本取り出し、中身を小皿に垂らした。酒は淡い桃色をしており、白地の皿に映えた。
「酒らしいが、師のどぶろくとは違うな」
 鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。さらに指を浸し、それを舐めて一言。
「甘いな」
「ずるいぞ一兄!」
 甚六が声を上げた。聞きつけたのだろう。「どうした」という声がして、戸口に二つの顔が覗いた。愁兄と三助兄である。畑仕事の最中だったのか、顔や手が泥で汚れている。
「一兄がつまみ食いした!」
 甚六が一兄を指差し、言いつける。
「違う」
 兄は呆れ顔で首を振り、あらましを語った。聞きながら、まずい気がした。一兄を見る愁兄の目が「持って帰らないか」と言った、あの時の甚六とそっくりだったからだ。
 悪い予感は当たる。
「にしても、本当に良い香りだな」
 一兄の話が終わるなり、愁兄が身を屈めた。小皿に顔を近づけ、今にも舌を伸ばしそうだ。
 ここぞとばかり、甚六は大きく頷き「なあ、皆で飲もう」と一兄の袖を引く。「お前な」と三助兄が肩を掴んだが、目は小皿に流れている。
 確かに、本当に良い香りだ。気のせいか、段々と濃くなっているようにも思える。
「なあ一兄、頼む」
 いかにも切なげな調子で言い、膝に縋りつく。必死の甚六に心が揺れたのか、香りに酔ったのか。一兄は長い溜め息を吐き、
「彩八には言うな。まだ十歳の子どもだ」
 かく言う兄も十七、自分や甚六は十二かそこらだが、今は敢えて言うまい。甚六に悪い。しかも自分自身、やはり甘味は恋しい。
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