まぼろし

イクサガミの二次創作をしています

【1080・第5話】再会 #小説・パラレル

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「誰だ、あんた」
「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた
→マジで書いてみた、という暴走の産物です。



 六月某日。都内某所。
 スクランブル交差点の上。商業ビル半面を占める大型モニターに、臨時のテロップが流れた。
「【速報】I県T市の爆発物製造工場で大規模な爆発。建物は全壊。三十二人が死亡、または行方不明ー」
 行き交う人々が足を止め、スマホに指を走らせる。視界の端にそれらを収めながら、風五郎は車内のディスプレイに目をやる。
 十三時二十分。打合せの開始まで四十分。三十分前に到着し周辺を下見。二十分前から会場の準備。十分前には完了。いつも通りだ。
 信号が青に変わり、軽くアクセルを踏む。昼過ぎの道は混み合い、流れは悪い。そのことに少し安堵している自分がいる。
「大臣視察の件で、事前調整に行ってきます」
 舟波に告げて執務室を出てから、何となく身体が重い。ありふれた業務にも関わらず。理由は分かっている。あいつがいるからだ。
「だから、何だ」
 敢えて呟く。誰がいようと、やることは同じだ。だが。
 ハンドルがみしりと音を立てた。緩めた手のひらが汗ばんでいる。溜め息を吐き、目を閉じる。ふいに遠い日の景色が浮かぶ。
 白い部屋。包帯。点滴。青みを帯びた黒い瞳。
 そして。
ー誰だ、あんた。
 耳に蘇る、その一言。
 払うように頭を振り、前方に目を凝らす。住宅街の中に聳え立つ、白い巨塔。七星病院。都内有数の大病院。そして、今のあいつの居場所。
「だから、何だ」
 任務をこなす。大臣を守る。やるべきことは、それだけだ。


 七星病院の大会議室には、ざっと五十人ほどが集まっていた。いつもと顔ぶれが違う。見るからに医療従事者ではない、厳つい男達が過半数を占める。八俣警察署、もしくは警視庁警備部の人間だ。
 半月後に迫った、大臣視察の打合せ。
 院長の一貫は正面横の席につき、スライドーいや、傍らに立つ男を眺めていた。壬生風五郎。警視庁から来た、警察側の責任者だ。
 壬生は院内図を指し、当日の道程を説明している。話が上手い。分かり易く、ユーモアもある。声が良く、抑揚も利いている。皆が熱心に聞き入っている。
 警察らしくない、と一貫は思う。話しぶりだけではない。外見もそうだ。
 身体は逞しい。並外れて大柄で、よく引き締まっている。だが顔はどうだ。垂れ眉に垂れ目、柔らかな面立ちは保育士のようだ。だがー。
 壬生の話は続く。メモを取りながら一貫は思う。何も起こるまい。この国で要人の襲撃など滅多に起きない。起きたとしても、この男ならば。
「一人で組一つを壊滅させた、警視庁の巨象だ」
 少し前に、知人の警備部OBから聞いた話を思い出す。
 巨象、なのかもしれない。優しげな眼差しに、言いようのない重みを感じる。目が合うと、背筋が粟立つ。
 口元に微笑を浮かべ、職員の問いに答える。そんな壬生を眺め、一貫はペンを握る手が汗ばむのを感じた。


「壬生さん。お疲れ様です」
 午後三時三十分。
 打合せを終えて荷物を片付けていると、声を掛けられた。見れば男が一人。すらりと伸びた背筋、上品な顔立ち。この病院の院長、赤池一貫。
ー写真より優男だ。
 一つの記事を思い出す。ビジネス誌の巻頭特集だった。「七星病院、V字回復の軌跡」という見出しで、立役者である赤池の半生と現在が描かれていた。
 幼い頃に父母が他界し、先代院長である伯父の元で育つ。外科医として他院に勤めるも、経営難を苦に伯父が自殺。三十二歳で院長に就任すると、一年で赤字を解消し、二年で七星を都内有数の大病院に押し上げた。
 脚色はあるもの、と話半分に読んでいた。だがー。
 会議中の様子を思い返す。主催者は自分だった。だが病院側の責任者である赤池にも、多くの質問が飛んだ。
 その全てに、彼は淀みなく答えた。部下に尋ねず、資料すら見ずに。常に院内の全てを把握し、管理している。これほどの大病院で。
「いえ、そちらこそ。病院は常に多忙でしょう」
「まあ、そうですね。ですが視察対応も大事な仕事ですから」
 微笑を浮かべて赤池が言う。視察に難色を示す者が多い中、有り難いと思う。だが何なのか、身体が強ばる。
ー視られている。
 そんな気がする。一挙一動も、胸の内までも。
 警護対象者にまれにいる。一度会うだけで他人の人格を見抜き、巧みに取り込み、利用する。「政界のフィクサー」や「黒幕」と呼ばれる人種だ。
 断定はできないが、纏う空気が似ている。ならば長居は無用、むしろ危険だ。
「では、当日はよろしくお願いいたします」
 一礼して踵を返し、一歩踏み出した。そのときだった。
 人が入ってきた。若い男だ。白衣に皺が寄っている。仮眠明けの医師か、と顔に目をやり、息が止まった。
 切れ長の目。通った鼻筋。薄い唇。端正だがどこか冷たい。見知った、ではない、知っていた顔だ。胸の名札を見るまでもない。
 男の目が風五郎を捉える。だがそれも一瞬で、すぐ赤池に移る。そして歩み寄り、
「部屋の空調が動かない。何とかしろ」
 噛み付くような口調。上司、しかも院長への態度ではない。だが赤池は口の端を上げ、薄く笑い、
「分かった。総務部に伝えておく」
「⋯早くしろ」
 言うだけ言って気が済んだのか。男は肩を落とし、踵を返す。だが。
「待て」
 赤池の呼びかけに、男が振り返る。顰め面を隠しもしない。構わず赤池は続ける。
「その襟」
 言って男の襟元を指す。左襟が内側に折れている。
 それがどうした、と言いたげに男が赤池を睨む。だが彼は怯まず、すっと襟元に手を伸ばした。
 男は動かない。じっと赤池を眺めている。身を引くことも、振り払うこともなく。よく見ると隈が濃い。疲労が溜まっているのか。いや、そんなことより。
 赤池の指が、男の首に触れる。
ーその刹那。
 身体が勝手に動いた。気づけば腕を上げ、赤池の手首を掴んでいた。
 赤池が手を止め、こちらを見る。責めるでもなく、問うような視線。答えなど思いつかない。何も言えず、手も離せず、その視線を受け止める。
 そのときだった。ピリリ、と軽い電子音が鳴った。男の白衣のポケットからだ。
 案の定、男が無造作に手を突っ込み、端末を取り出し耳に当てる。やがて「今行く」とだけ言うと、足早に廊下に向かった。だが。
 去り際の、ほんの一瞬。男が振り返り、目が合った。感情の読み取れない目。あの日と全く同じー。
 男がふいと目を逸らし、廊下へと消える。すると自然と手が解けた。
「失礼しました」
 赤池に向き直り、頭を下げた。相手は手首を回し、軽く首を振る。微笑んでいるが、目は笑っていない。おそらく自分も同じだ。
「面倒見が良いのですね」
 小石を投げたつもりだった。だが相手の方が上手だった。
「あれは、うちの大事な医者ですから」
 流される。だが食い下がる。
「うちの、とは」
 その一言に、ほんの少しだけ、相手の瞳が揺れた気がした。だがそれも一瞬で、赤池は軽く肩を竦め「さて?」とそらとぼけて見せた。
 これ以上は不毛だ。軽く息を吐き、足早に歩く。逃れるように出た廊下には、もう誰もいなかった。畳む