2026/05/01 Fri 【1080・第3話】教師と寿司屋 #小説・パラレル 「大将、今日は何かあるのか?」 「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた →マジで書いてみた、という暴走の産物です。 続きを読む ・ 放課後の職員室は、今日は穏やかだった。 子ども達の声は消えた。「先生」の顔を止めた大人達が、気の抜けた様子でパソコンに向かっている。 その片隅で、烏丸七弥は机の上のプリントを整え、小さく息を吐いた。九九が並ぶ、算数のミニテストの採点。これで今日の仕事は終わりだ。 「体育館の件、落ち着いてよかったですね」 隣の席から声が掛かる。顔を上げると、同じ学年の担任がこちらを見ていた。 秋津楓。すっと伸びた背すじに涼やかな目元。凛々しい雰囲気を纏った美人だ。実は薙刀の有段者で、かなりの腕前らしい。 「ええ、本当に」 七弥が頷くと、楓は頬を緩めた。例の件については、彼女も気を揉んでいた。七弥自身、思い出すと胸の奥が苦くなる。 ー体育館の幽霊。 塾帰り生徒が、窓に映る人影を見た。ボールの跳ねる音を聞いた。 ー体育館には幽霊が出る。 噂はすぐ広まった。どうせ何かの見間違い、聞き間違い、のはずだった。 だが事態は一変した。幽霊を見た生徒の一人が車道に飛び出し、撥ねられたのだ。怪我は軽かったが、それで十分だった。 ー幽霊を見たら呪われる。 特に慄いたのは幽霊を見た生徒だった。体育、ひいては学校すら休む者が出始めた。一通りの調査を行うも、幽霊の正体は掴めずじまい。欠席者は増える一方だった。 外部、警察に協力を仰ぐべきでは。そう七弥は呼びかけた。だが校長以下の腰は重く「警察は相手にしない」「しばらく様子を見るべきだ」と落ち着いた。 休みが続くほど、学校に来るのは難しくなる。何より恐怖に震える生徒達のことを思うと、只管にもどかしい。 そんな中、一本の電話が入った。 「八俣小学校ですか?俺、蹴上甚六って言います」 軽薄な口調に身構えた。案の定、相手はユーチューバー、生徒の間で人気の「甚六探偵の事件簿」なる動画の投稿者、とのこと。 「体育館の幽霊」を動画にするつもりか。 「貴方には関係ない」 吐き捨て、電話を切ろうとした。だが次の一言で心が動いた。 「動画にはしねえよ。もちろん報酬もいらねえ」 甚六いわく、生徒の一人が彼に「友達を助けて欲しい」とメッセージを送ったのだという。 「そいつな。「友達まで幽霊になっちゃう」って泣いてた」 その後、本人に事情を聞いた。 甚六の話は本当だった。彼の友人は、事故に遭った生徒だった。 事故を機に不登校になった友人に、彼は毎日プリントを届け、やつれていく姿を目の当たりにした。日ごとに頬が削げ、目が落ち窪み、生気を失っていく。 「学校に来なくてもいい。でも、死んでほしくなくて」 勝手に連絡してごめんなさい。泣いて謝る生徒の背中を、七弥は擦り続けた。 そしてその日のうちに、甚六に連絡を取った。「調査を頼めないか」と。 彼は快く受けた。だが七弥は喜べなかった。まだ疑っていたのだ。 「何か裏はないか」 聞いた七弥に、甚六は笑った。 「子どもが泣いてんだぞ。あんたが俺でも、きっとそうする」 校長に直談判し、何とか調査の許可を得た。 三日後にやってきた「甚六探偵」は、とにかく怪しかった。黒のスウェットにサングラス。緑のメッシュの入った金髪。 連れの女も派手だった。腿も露わなショートパンツに、鈍器の如くごついブーツ。 だが見た目を裏切り、仕事はまともだった。物々しい機器を用いて現場を調べた後、教師や生徒の話を聞いて回った。 ー体育館の幽霊は、消えた。 半月が経った頃、そんな噂が流れた。さらに一月が経つと、休んでいた生徒が教室に戻ってきた。 三日前、七弥は甚六に電話を入れた。礼がしたいと申し出たが、甚六は「気にすんな」と笑うだけだった。 「良い人達、でしたね」 思い出し、そんな呟きが漏れた。 「ですね。初めて会ったときは、ぎょっとしましたけど」 楓が苦笑する。二人は彼女にも話を聞いていた。 「確かに」 七弥が頷くと、ふいに楓が口元を押さえた。 「すみません。今日は早く帰られるのでしたね」 楓の目が七弥の卓上カレンダーに向く。今日の欄のケーキのイラストを見て、彼女は目元を和らげた。 「息子さんの誕生日でしたね。プレゼントは何を」 「当人いわく「おすしがたべたい」と」 「可愛いですね」 笑い合いながら席を立つ。鞄を持ち「お先に失礼します」と告げて職員室を出た。窓から差し込む光が、職員室の表札、壁際のロッカー、全てを黄金色に染めている。 ーきれいだな。 そう思いながら、七弥は廊下を歩いて行った。 ・ 寿司屋「希(のぞみ)」の店内には、出汁の匂いが満ちていた。 時刻は五時半過ぎ。開店して間もなく、客はまばらだ。小上がりに老夫婦が一組、カウンターに一人。 小上がりの方は初見。カウンターの方は見慣れた顔だ。半年ほど前から月に二、三度のペースで来店している。歳は三十前後。背広姿で分厚い鞄を持っている。営業だろうが、いつも一人だ。 まだ注文は入っていない。各々がメニューを熱心に眺めている。横目で様子を伺いながら、三助は青紫蘇を刻む。本日の突出しは茄子と厚揚げの蒸し絡めだ。刻みたての青紫蘇を散らすと、涼やかな香りが鼻を抜けた。 「どうぞ」 一つをカウンターの男に差し出す。男は品書きから目を上げ、小鉢を見ると「旨そうだな」と目を細めた。 「大将、今日は何かあるのか」 小鉢を取りながら、男が問う。 「どうしてそう思う」 三助が問い返すと、男は口の端を上げ、 「気合いというか、そんなものを感じる」 品書きの日替わりの頁を指す。図星だった。職業柄か、見た目に反して妙に鋭い。 男の言うとおりだ。ネタは吟味したし、仕込みも万全だ。理由はひとえにー。 頭の中で予約帳の頁を繰る。「七時 烏丸様 三名」。 「プレゼントは「のぞみのおすし」だってさ」 半月前の電話を思い出す。大事な弟分が妻子を連れてくる。息子の誕生日を祝うために。気合いが入って当然だ。 だが改めて他人に言われると、何だか悔しい。顔を顰めていると、 「あら、またそんな顔して」 小上がりに茶を運んでいた妻の咲だった。三助に「ゆっくりと選ばれるそうです」と小声で伝えると、カウンターの男に向き直り「いつもすみませんね」と詫び、 「友人の息子さんのお誕生日なんです」 「ああ、それで寿司を食いに来ると」 大正解、と咲が頷く。いかにも嬉しそうに。 家族ぐるみの付き合いで、妻同士、子ども同士も親しい。娘の希恵は小遣いで折り紙のセットを買っていた。 七弥の息子は折り紙が上手い。これを五歳児が、と驚くほどの代物を作る。「すげえな」と褒めると、照れ臭そうにはにかむ。その顔は幼い頃の七弥に瓜二つだ。 ーあいつはどんな大人になるんだろう。 考えるたび、胸の底が温かくなる。とりあえず、今日はとびきり上手いものを食わせてやりたい。 戸を引く音がする。七弥ではない。別の客だ。それでも。 「いらっしゃいませ」 そう言った自分の声は、いつもより少し大きい、と三助は思った。畳む
「大将、今日は何かあるのか?」
「義兄弟が現代に転生したら」を(ガチで)ふみちゃんと考えてみた
→マジで書いてみた、という暴走の産物です。
・
放課後の職員室は、今日は穏やかだった。
子ども達の声は消えた。「先生」の顔を止めた大人達が、気の抜けた様子でパソコンに向かっている。
その片隅で、烏丸七弥は机の上のプリントを整え、小さく息を吐いた。九九が並ぶ、算数のミニテストの採点。これで今日の仕事は終わりだ。
「体育館の件、落ち着いてよかったですね」
隣の席から声が掛かる。顔を上げると、同じ学年の担任がこちらを見ていた。
秋津楓。すっと伸びた背すじに涼やかな目元。凛々しい雰囲気を纏った美人だ。実は薙刀の有段者で、かなりの腕前らしい。
「ええ、本当に」
七弥が頷くと、楓は頬を緩めた。例の件については、彼女も気を揉んでいた。七弥自身、思い出すと胸の奥が苦くなる。
ー体育館の幽霊。
塾帰り生徒が、窓に映る人影を見た。ボールの跳ねる音を聞いた。
ー体育館には幽霊が出る。
噂はすぐ広まった。どうせ何かの見間違い、聞き間違い、のはずだった。
だが事態は一変した。幽霊を見た生徒の一人が車道に飛び出し、撥ねられたのだ。怪我は軽かったが、それで十分だった。
ー幽霊を見たら呪われる。
特に慄いたのは幽霊を見た生徒だった。体育、ひいては学校すら休む者が出始めた。一通りの調査を行うも、幽霊の正体は掴めずじまい。欠席者は増える一方だった。
外部、警察に協力を仰ぐべきでは。そう七弥は呼びかけた。だが校長以下の腰は重く「警察は相手にしない」「しばらく様子を見るべきだ」と落ち着いた。
休みが続くほど、学校に来るのは難しくなる。何より恐怖に震える生徒達のことを思うと、只管にもどかしい。
そんな中、一本の電話が入った。
「八俣小学校ですか?俺、蹴上甚六って言います」
軽薄な口調に身構えた。案の定、相手はユーチューバー、生徒の間で人気の「甚六探偵の事件簿」なる動画の投稿者、とのこと。
「体育館の幽霊」を動画にするつもりか。
「貴方には関係ない」
吐き捨て、電話を切ろうとした。だが次の一言で心が動いた。
「動画にはしねえよ。もちろん報酬もいらねえ」
甚六いわく、生徒の一人が彼に「友達を助けて欲しい」とメッセージを送ったのだという。
「そいつな。「友達まで幽霊になっちゃう」って泣いてた」
その後、本人に事情を聞いた。
甚六の話は本当だった。彼の友人は、事故に遭った生徒だった。
事故を機に不登校になった友人に、彼は毎日プリントを届け、やつれていく姿を目の当たりにした。日ごとに頬が削げ、目が落ち窪み、生気を失っていく。
「学校に来なくてもいい。でも、死んでほしくなくて」
勝手に連絡してごめんなさい。泣いて謝る生徒の背中を、七弥は擦り続けた。
そしてその日のうちに、甚六に連絡を取った。「調査を頼めないか」と。
彼は快く受けた。だが七弥は喜べなかった。まだ疑っていたのだ。
「何か裏はないか」
聞いた七弥に、甚六は笑った。
「子どもが泣いてんだぞ。あんたが俺でも、きっとそうする」
校長に直談判し、何とか調査の許可を得た。
三日後にやってきた「甚六探偵」は、とにかく怪しかった。黒のスウェットにサングラス。緑のメッシュの入った金髪。
連れの女も派手だった。腿も露わなショートパンツに、鈍器の如くごついブーツ。
だが見た目を裏切り、仕事はまともだった。物々しい機器を用いて現場を調べた後、教師や生徒の話を聞いて回った。
ー体育館の幽霊は、消えた。
半月が経った頃、そんな噂が流れた。さらに一月が経つと、休んでいた生徒が教室に戻ってきた。
三日前、七弥は甚六に電話を入れた。礼がしたいと申し出たが、甚六は「気にすんな」と笑うだけだった。
「良い人達、でしたね」
思い出し、そんな呟きが漏れた。
「ですね。初めて会ったときは、ぎょっとしましたけど」
楓が苦笑する。二人は彼女にも話を聞いていた。
「確かに」
七弥が頷くと、ふいに楓が口元を押さえた。
「すみません。今日は早く帰られるのでしたね」
楓の目が七弥の卓上カレンダーに向く。今日の欄のケーキのイラストを見て、彼女は目元を和らげた。
「息子さんの誕生日でしたね。プレゼントは何を」
「当人いわく「おすしがたべたい」と」
「可愛いですね」
笑い合いながら席を立つ。鞄を持ち「お先に失礼します」と告げて職員室を出た。窓から差し込む光が、職員室の表札、壁際のロッカー、全てを黄金色に染めている。
ーきれいだな。
そう思いながら、七弥は廊下を歩いて行った。
・
寿司屋「希(のぞみ)」の店内には、出汁の匂いが満ちていた。
時刻は五時半過ぎ。開店して間もなく、客はまばらだ。小上がりに老夫婦が一組、カウンターに一人。
小上がりの方は初見。カウンターの方は見慣れた顔だ。半年ほど前から月に二、三度のペースで来店している。歳は三十前後。背広姿で分厚い鞄を持っている。営業だろうが、いつも一人だ。
まだ注文は入っていない。各々がメニューを熱心に眺めている。横目で様子を伺いながら、三助は青紫蘇を刻む。本日の突出しは茄子と厚揚げの蒸し絡めだ。刻みたての青紫蘇を散らすと、涼やかな香りが鼻を抜けた。
「どうぞ」
一つをカウンターの男に差し出す。男は品書きから目を上げ、小鉢を見ると「旨そうだな」と目を細めた。
「大将、今日は何かあるのか」
小鉢を取りながら、男が問う。
「どうしてそう思う」
三助が問い返すと、男は口の端を上げ、
「気合いというか、そんなものを感じる」
品書きの日替わりの頁を指す。図星だった。職業柄か、見た目に反して妙に鋭い。
男の言うとおりだ。ネタは吟味したし、仕込みも万全だ。理由はひとえにー。
頭の中で予約帳の頁を繰る。「七時 烏丸様 三名」。
「プレゼントは「のぞみのおすし」だってさ」
半月前の電話を思い出す。大事な弟分が妻子を連れてくる。息子の誕生日を祝うために。気合いが入って当然だ。
だが改めて他人に言われると、何だか悔しい。顔を顰めていると、
「あら、またそんな顔して」
小上がりに茶を運んでいた妻の咲だった。三助に「ゆっくりと選ばれるそうです」と小声で伝えると、カウンターの男に向き直り「いつもすみませんね」と詫び、
「友人の息子さんのお誕生日なんです」
「ああ、それで寿司を食いに来ると」
大正解、と咲が頷く。いかにも嬉しそうに。
家族ぐるみの付き合いで、妻同士、子ども同士も親しい。娘の希恵は小遣いで折り紙のセットを買っていた。
七弥の息子は折り紙が上手い。これを五歳児が、と驚くほどの代物を作る。「すげえな」と褒めると、照れ臭そうにはにかむ。その顔は幼い頃の七弥に瓜二つだ。
ーあいつはどんな大人になるんだろう。
考えるたび、胸の底が温かくなる。とりあえず、今日はとびきり上手いものを食わせてやりたい。
戸を引く音がする。七弥ではない。別の客だ。それでも。
「いらっしゃいませ」
そう言った自分の声は、いつもより少し大きい、と三助は思った。畳む